さすが当代ミステリの名手、深水黎一郎の手になる野球短篇集だ。たぶん世間的には「ユーモア小説」の位置づけなのだと思うが、僕のような野球ジャンキーには身につまされるというか思い当たるフシが多すぎるというか、つまり、その、深く共感できるものだった。
登場するのは野球が「人生のつっかえ棒」になってるような男女だ。野球が存在することでどうにかバランスが取れている。自分の胸に手を当てて考えると、何か大事なものが欠落しているのかもしれない。欠落を埋めたくて野球に寄りかかっているのかもしれない。
「ミステリの深水黎一郎」はそこを見逃さないのだ。犯人は共犯関係を仕立て上げようとしている。だから野球選手に夢を見る。自分には野球しかないのだから、選手もそうであってほしいと願う。妄想のなかで、カクテル光線に照らされた球場は「野球しかないヤツ」が「野球しかないヤツ」を見つめる共犯関係の現場だ。たまに不動産投資にいそしむピッチャーが出たりすると、裏切られたように怒り出すのはそういうことだ。
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photograph by Sports Graphic Number