先日、ある20代の男性と話していたらマイク・タイソンを知らないというではないか。驚きである。あれだけ激甚で鮮烈、圧倒的な瞬間最大風速を記録したボクサーを、僕はタイソン以外知らない。けれど、偉大な選手なら負けるはずもない相手に不覚をとったり、晩年は無残な敗北を続けたり、キャリア全体のレコードはそこそこ。だから、ボクシングの正史には記しづらい。データの上ではなく、人の記憶にしか残らないゆえ、マイク・タイソンは忘却されてゆくのか。
自らの転落人生を赤裸々に語りながらも悲壮感はない。
いや、そうではない。タイソンはこの自伝で、自らの半生を赤裸々に語りながら、僕らに新しいタイソン像を提示する。強盗団で悪さを働いていた時代から、ボクシングと、そしてカス・ダマトとの出会い。伝説的トレーナーとの二人三脚を経て、ダマトの死、最年少世界ヘビー級チャンピオンへ登り詰める前半。一方、世界チャンプという目標達成後の後半部分は、急降下どころか、落下型のジェットコースターだ。プロモーターや妻の裏切り、レイプ裁判、耳噛み事件、刑務所暮らし、ライセンス剥奪、破産、アルコールとドラッグの中毒、そして4歳の娘の死。その堕ち方にも歯止めが利かない。
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photograph by Ryo Suzuki