藤井は投手陣のまとめ役だった。その本当の病状をいち早く知らされた親友の若田部健一は苦悩することに / photograph by Kazuaki Nishiyama 尾花も藤井の人間性を高く評価していた ©Kazuaki Nishiyama 頭抜けた実績を持つ工藤も藤井の言葉で和んでいた ©Kazuaki Nishiyama 99年シーズン、不振の時期が長かった小久保を藤井の言葉が救っていたという ©Koji Asakura 王にとってはこの病名が悲痛な思い出を呼び起こすのだという ©Takuya Sugiyama 辛い思い出を語ってくれた現在の若田部 ©Masanori Kise 1999年日本シリーズ第5戦、日本一に王手をかけたホークス・王監督は、早い回から「勝利の方程式」の一角、藤井将雄を投入するが…… ©Koji Asakura 勝負どころを感じ取っていた王は積極的な継投に出る ©Kazuaki Nishiyama 第2戦にリリーフで投げた佐久本が先発したが…… ©Koji Asakura 藤井将雄がマウンドに上がった ©Koji Asakura 今シリーズ当たりの出ていなかった関川に初安打を許した ©Kazuaki Nishiyama 笑顔の城島(左)だが、このとき“兄貴分”藤井にかけた軽口を今も悔やんでいるという ©Kazuaki Nishiyama  ©Kazuaki Nishiyama 30万人が集まったというパレードで手を振る王ら ©JIJI PRESS 1999年の若田部 ©Kazuaki Nishiyama 驚愕しつつも、王の動きは速かった ©Kazuaki Nishiyama 毀誉褒貶半ばする人物だった高塚(右)だが、藤井の契約という決断は評価すべきものだった ©JIJI PRESS 藤井は投手陣のまとめ役だった。その本当の病状をいち早く知らされた親友の若田部健一は苦悩することに ©Kazuaki Nishiyama 尾花も藤井の人間性を高く評価していた ©Kazuaki Nishiyama 頭抜けた実績を持つ工藤も藤井の言葉で和んでいた ©Kazuaki Nishiyama 99年シーズン、不振の時期が長かった小久保を藤井の言葉が救っていたという ©Koji Asakura 王にとってはこの病名が悲痛な思い出を呼び起こすのだという ©Takuya Sugiyama 辛い思い出を語ってくれた現在の若田部 ©Masanori Kise 本人は病名を知らされていなかったとはいえ、余命3カ月と言われるなかで2軍戦で登板するまで回復した藤井将雄の精神力は、奇跡とも呼べるものだった ©Koji Asakura 前年の日本シリーズでの藤井の雄姿 ©Koji Asakura 2000年にブレイクのきっかけを掴んだ斉藤 ©Koji Asakura 藤井は常に全力を尽くす男だったという ©Kazuaki Nishiyama 当時の斉藤は藤井の本当の病状を知らないままだったという ©JIJI PRESS リーグ連覇を果たした直後、藤井将雄が世を去り、ホークスに激震が。藤井を敬愛する斉藤和巳が当時を振り返る ©Koji Asakura 王監督の胴上げに、若田部は背番号15のハリーホークを持って加わった ©Sankei Shimbun 藤井の思い出を聞かせてくれた現在の斉藤 ©Masanori Kise 2006年プレーオフでの斉藤 ©Hideki Sugiyama 自らのリハビリも行っていた、リハビリ担当コーチ時代の斉藤 ©Hideki Sugiyama  ©KYODO ダイエーの仲間に加え、工藤(スーツ姿)も参加した ©JIJI PRESS 弔辞を読む若田部 ©KYODO 2000年の日本シリーズ初戦に先発した若田部だったが…… ©Koji Asakura ドームの「藤井ゲート」 ©Masanori Kise 藤井のメッセージが刻まれたボード ©Masanori Kise 藤井将雄 ©Kazuaki Nishiyama 治療を受ける王さんのムキムキな肉体! ©BUNGEISHUNJU 「巨人・王」は昭和のヒーローだった ©BUNGEISHUNJU 婚約発表! ©BUNGEISHUNJU 結婚式! ©BUNGEISHUNJU ウェディングケーキが大きい ©BUNGEISHUNJU ミスターが祝福 ©BUNGEISHUNJU 1996年当時の小久保 ©Koji Asakura 秋山のスーパーキャッチの瞬間 ©Naoya Sanuki 1995年、ついに王体制がスタートする ©Naoya Sanuki 自分が監督なのにチームが好調だと困惑していたという根本。その裏でフロントとしての剛腕で好選手を続々と獲得する ©Kazuaki Nishiyama “史上最大のトレード”でホークスに移籍した秋山幸二 ©Kazuaki Nishiyama 1994年、ルーキー時代の小久保。この年は打率.215に終わったが…… ©Kazuaki Nishiyama 監督時代の秋山幸二 ©Hideki Sugiyama のちに三冠王を獲得する松中(左)と、メジャーでワールドチャンピオンにも輝く井口(右)のルーキー時代 ©Hideki Sugiyama 監督時代の工藤公康 ©Takuya Sugiyama 南海時代からホークスを支え、のちに監督も務めた藤本博史。口ヒゲがトレードマーク ©Koji Asakura 1996年に盗塁王も獲得した切り込み隊長だった村松有人 ©Kazuaki Nishiyama 俊足強打の内野手、井口忠仁(のち資仁)はのちにホワイトソックスでWシリーズも制覇 ©Koji Asakura 2004年に平成唯一の三冠王を獲得した松中信彦 ©Hideki Sugiyama 2001年に松中、城島、井口と「30発カルテット」を実現した主砲で、2026年現在の監督、小久保裕紀 ©Koji Asakura 30本塁打以上を3度も記録した強打の捕手にして、2026年現在CBOの城島健司 ©Hideki Sugiyama 4球団競合のドラフト1位で入団し、1992年から弱い時代のホークスを支えた若田部健一 ©Koji Asakura 松坂世代で最後まで現役を続け、NPB160勝を挙げた和田毅 ©Hideki Sugiyama 2004年から3年連続2桁勝利を挙げた剛腕、新垣渚 ©Hideki Sugiyama 2014年に加入した最強クローザーで、2017年にはNPB記録の54セーブを挙げたデニス・サファテ ©Hideki Sugiyama 2003年に20勝を挙げた「負けないエース」斉藤和巳 ©Hideki Sugiyama 2003年にレギュラー定着すると長くショートを守った「ムネリン」川崎宗則 ©Hideki Sugiyama 2009年に中継ぎで70試合登板して新人王、その後先発に転向し最多勝も獲得した摂津正 ©Hideki Sugiyama 2005年からクローザーを務めた馬原孝浩 ©Hideki Sugiyama 両リーグ首位打者、右打者史上最高打率など数々の記録を持つ日本を代表する安打製造機、内川聖一 ©Tamon Matsuzono 学生さんに神対応の王さん ©BUNGEISHUNJU ちょっと一服 ©BUNGEISHUNJU 隣の子どもにおどける王さん ©BUNGEISHUNJU 電車内で本に読みふける王さん ©BUNGEISHUNJU 何事かをメモする長嶋さんと王さん ©BUNGEISHUNJU サインボール製作に励む ©BUNGEISHUNJU ソファでくつろぐ王さん ©BUNGEISHUNJU 寝そべって雑誌でも読むか…… ©BUNGEISHUNJU 王さんとノムさんのツーショット! ©BUNGEISHUNJU 実家の中華料理屋前で、お父上と ©BUNGEISHUNJU お父上と王さん ©BUNGEISHUNJU コタツでくつろぐ王さん夫妻 ©BUNGEISHUNJU リビングでくつろぐ王さん夫妻 ©BUNGEISHUNJU 車がステキ ©BUNGEISHUNJU ON! ©BUNGEISHUNJU なんと美しいスイング ©BUNGEISHUNJU

1999年の若田部 ©Kazuaki Nishiyama

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藤井は投手陣のまとめ役だった。その本当の病状をいち早く知らされた親友の若田部健一は苦悩することに / photograph by Kazuaki Nishiyama 尾花も藤井の人間性を高く評価していた ©Kazuaki Nishiyama 頭抜けた実績を持つ工藤も藤井の言葉で和んでいた ©Kazuaki Nishiyama 99年シーズン、不振の時期が長かった小久保を藤井の言葉が救っていたという ©Koji Asakura 王にとってはこの病名が悲痛な思い出を呼び起こすのだという ©Takuya Sugiyama 辛い思い出を語ってくれた現在の若田部 ©Masanori Kise 1999年日本シリーズ第5戦、日本一に王手をかけたホークス・王監督は、早い回から「勝利の方程式」の一角、藤井将雄を投入するが…… ©Koji Asakura 勝負どころを感じ取っていた王は積極的な継投に出る ©Kazuaki Nishiyama 第2戦にリリーフで投げた佐久本が先発したが…… ©Koji Asakura 藤井将雄がマウンドに上がった ©Koji Asakura 今シリーズ当たりの出ていなかった関川に初安打を許した ©Kazuaki Nishiyama 笑顔の城島(左)だが、このとき“兄貴分”藤井にかけた軽口を今も悔やんでいるという ©Kazuaki Nishiyama  ©Kazuaki Nishiyama 30万人が集まったというパレードで手を振る王ら ©JIJI PRESS 1999年の若田部 ©Kazuaki Nishiyama 驚愕しつつも、王の動きは速かった ©Kazuaki Nishiyama 毀誉褒貶半ばする人物だった高塚(右)だが、藤井の契約という決断は評価すべきものだった ©JIJI PRESS 藤井は投手陣のまとめ役だった。その本当の病状をいち早く知らされた親友の若田部健一は苦悩することに ©Kazuaki Nishiyama 尾花も藤井の人間性を高く評価していた ©Kazuaki Nishiyama 頭抜けた実績を持つ工藤も藤井の言葉で和んでいた ©Kazuaki Nishiyama 99年シーズン、不振の時期が長かった小久保を藤井の言葉が救っていたという ©Koji Asakura 王にとってはこの病名が悲痛な思い出を呼び起こすのだという ©Takuya Sugiyama 辛い思い出を語ってくれた現在の若田部 ©Masanori Kise 本人は病名を知らされていなかったとはいえ、余命3カ月と言われるなかで2軍戦で登板するまで回復した藤井将雄の精神力は、奇跡とも呼べるものだった ©Koji Asakura 前年の日本シリーズでの藤井の雄姿 ©Koji Asakura 2000年にブレイクのきっかけを掴んだ斉藤 ©Koji Asakura 藤井は常に全力を尽くす男だったという ©Kazuaki Nishiyama 当時の斉藤は藤井の本当の病状を知らないままだったという ©JIJI PRESS リーグ連覇を果たした直後、藤井将雄が世を去り、ホークスに激震が。藤井を敬愛する斉藤和巳が当時を振り返る ©Koji Asakura 王監督の胴上げに、若田部は背番号15のハリーホークを持って加わった ©Sankei Shimbun 藤井の思い出を聞かせてくれた現在の斉藤 ©Masanori Kise 2006年プレーオフでの斉藤 ©Hideki Sugiyama 自らのリハビリも行っていた、リハビリ担当コーチ時代の斉藤 ©Hideki Sugiyama  ©KYODO ダイエーの仲間に加え、工藤(スーツ姿)も参加した ©JIJI PRESS 弔辞を読む若田部 ©KYODO 2000年の日本シリーズ初戦に先発した若田部だったが…… ©Koji Asakura ドームの「藤井ゲート」 ©Masanori Kise 藤井のメッセージが刻まれたボード ©Masanori Kise 藤井将雄 ©Kazuaki Nishiyama 治療を受ける王さんのムキムキな肉体! ©BUNGEISHUNJU 「巨人・王」は昭和のヒーローだった ©BUNGEISHUNJU 婚約発表! ©BUNGEISHUNJU 結婚式! ©BUNGEISHUNJU ウェディングケーキが大きい ©BUNGEISHUNJU ミスターが祝福 ©BUNGEISHUNJU 1996年当時の小久保 ©Koji Asakura 秋山のスーパーキャッチの瞬間 ©Naoya Sanuki 1995年、ついに王体制がスタートする ©Naoya Sanuki 自分が監督なのにチームが好調だと困惑していたという根本。その裏でフロントとしての剛腕で好選手を続々と獲得する ©Kazuaki Nishiyama “史上最大のトレード”でホークスに移籍した秋山幸二 ©Kazuaki Nishiyama 1994年、ルーキー時代の小久保。この年は打率.215に終わったが…… ©Kazuaki Nishiyama 監督時代の秋山幸二 ©Hideki Sugiyama のちに三冠王を獲得する松中(左)と、メジャーでワールドチャンピオンにも輝く井口(右)のルーキー時代 ©Hideki Sugiyama 監督時代の工藤公康 ©Takuya Sugiyama 南海時代からホークスを支え、のちに監督も務めた藤本博史。口ヒゲがトレードマーク ©Koji Asakura 1996年に盗塁王も獲得した切り込み隊長だった村松有人 ©Kazuaki Nishiyama 俊足強打の内野手、井口忠仁(のち資仁)はのちにホワイトソックスでWシリーズも制覇 ©Koji Asakura 2004年に平成唯一の三冠王を獲得した松中信彦 ©Hideki Sugiyama 2001年に松中、城島、井口と「30発カルテット」を実現した主砲で、2026年現在の監督、小久保裕紀 ©Koji Asakura 30本塁打以上を3度も記録した強打の捕手にして、2026年現在CBOの城島健司 ©Hideki Sugiyama 4球団競合のドラフト1位で入団し、1992年から弱い時代のホークスを支えた若田部健一 ©Koji Asakura 松坂世代で最後まで現役を続け、NPB160勝を挙げた和田毅 ©Hideki Sugiyama 2004年から3年連続2桁勝利を挙げた剛腕、新垣渚 ©Hideki Sugiyama 2014年に加入した最強クローザーで、2017年にはNPB記録の54セーブを挙げたデニス・サファテ ©Hideki Sugiyama 2003年に20勝を挙げた「負けないエース」斉藤和巳 ©Hideki Sugiyama 2003年にレギュラー定着すると長くショートを守った「ムネリン」川崎宗則 ©Hideki Sugiyama 2009年に中継ぎで70試合登板して新人王、その後先発に転向し最多勝も獲得した摂津正 ©Hideki Sugiyama 2005年からクローザーを務めた馬原孝浩 ©Hideki Sugiyama 両リーグ首位打者、右打者史上最高打率など数々の記録を持つ日本を代表する安打製造機、内川聖一 ©Tamon Matsuzono 学生さんに神対応の王さん ©BUNGEISHUNJU ちょっと一服 ©BUNGEISHUNJU 隣の子どもにおどける王さん ©BUNGEISHUNJU 電車内で本に読みふける王さん ©BUNGEISHUNJU 何事かをメモする長嶋さんと王さん ©BUNGEISHUNJU サインボール製作に励む ©BUNGEISHUNJU ソファでくつろぐ王さん ©BUNGEISHUNJU 寝そべって雑誌でも読むか…… ©BUNGEISHUNJU 王さんとノムさんのツーショット! ©BUNGEISHUNJU 実家の中華料理屋前で、お父上と ©BUNGEISHUNJU お父上と王さん ©BUNGEISHUNJU コタツでくつろぐ王さん夫妻 ©BUNGEISHUNJU リビングでくつろぐ王さん夫妻 ©BUNGEISHUNJU 車がステキ ©BUNGEISHUNJU ON! ©BUNGEISHUNJU なんと美しいスイング ©BUNGEISHUNJU

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