< 記事に戻る 「アントニオ猪木でも死ぬんだ」没後1年、燃える闘魂の遺骨は“ある場所”を旅していた…猪木番カメラマンが記した「猪木のいない1年間」 フィゲイレード大統領と記念写真に納まるアントニオ猪木、美津子夫人と寛子さん。1984年6月26日、東京・六本木 ©Essei Hara この記事を読む