甲子園の風BACK NUMBER
「西武2位指名は予想外でした」「順位縛りを条件に」ドラフト当日のドタバタ劇…消滅しかけた社会人野球・ヤマハの逆襲、企業野球部の“存在意義”とは
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井上幸太Kota Inoue
photograph byKota Inoue
posted2026/10/21 11:02
静岡県浜松市にある社会人野球・ヤマハの練習施設
それと同じく、所属選手のプロ入りは誉であると同時に、手痛い戦力ダウンでもある。内野守備コーチを兼任する嶋岡が「複雑な気持ちもある」と本音をこぼす。
「ドラフト当日は本当に気が気じゃないので。ウチのチームからかかるのは嬉しいんですけどね。とくに相羽はずっとプロに行きたいと言っていたし、長くやってくれて、チームに還元してくれましたんで。行ってほしい気持ちがあります」
消滅しかけていた…社会人野球の意義は?
今年は都市対抗出場こそ逃したが、東海地区予選でしぶとく踏みとどまり、日本選手権出場を決めた。ドラフト後には連覇がかかり、なおかつプロに進む選手たちの最後の舞台が待っている。
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好選手を見出す下地ができ、力を伸ばす環境も整備された。先が見えない部分も少なくない社会人野球において、ヤマハは類まれな好循環にあるように思える。
だが、危機的状況がなかったわけではなく、1990年代後半に業績を鑑みてスキー部など複数の運動部を休部する際に、野球部が含まれる可能性もあったそうだ。だが、会社の上層部が野球に思い入れがあったことで難を逃れ、現在に至るまで活動が続いている。
申原は元々河合楽器に入社する予定だったが、大学4年時に休部が発表され、中央大時代にオープン戦で対戦するなど縁があったヤマハに進路変更した経験を持つ。「河合に進む予定だった自分がヤマハで監督しているんだから、人生は不思議ですよね」と笑う申原に、野球部が存在する意義を問うた。笑顔から一転「難しいな…」とつぶやきながら、言葉をつむぐ。
「うちは楽器という、“趣味”の会社です。従業員や応援してくださる地域の方々の生活に彩りを与えられるように、と思っています。それに、結果が伴ってくると、取引先の方々も野球中心の会話をしてくれるんですね。応援に来てくれる従業員も増えて、『次の試合はいつ?』『観たくてしょうがない!』という感じで応援してくれるのはうれしいです」
ドラフトは悲喜こもごも、色んな感情が交錯する一日である。途切れる縁もあれば、かつての申原のように、思わず企業とつながる縁もある。
