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《追悼・張本勲さん》「どこかで私の言葉を聞くでしょう。そしたら…」大谷翔平に「二刀流なんてムリ」…厳しい言葉のウラにあった張本流の“気骨”とは? 

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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photograph byBUNGEISHUNJU

posted2026/09/14 06:01

《追悼・張本勲さん》「どこかで私の言葉を聞くでしょう。そしたら…」大谷翔平に「二刀流なんてムリ」…厳しい言葉のウラにあった張本流の“気骨”とは?<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

現役引退後は野球評論家としても活躍した張本勲さん。大谷翔平選手の二刀流にも当初は厳しい言葉をかけていたが…?

 片岡さんも片岡さんで、まっ白になった長髪に鼻の下にもたっぷりと口ひげをたくわえてのサングラス姿。痩身でもそれなりに迫力のある方だったが、それでも「あの張本さん」が襟を正しているのだから、この2人はいったいどんな関係なのか。

「なんや今日は、なんかの集まりか?」

 片岡さんが、アゴで前の席をすすめ、張本さんがかしこまって腰掛けて、

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「これ、浪商の後輩や」

 と教わって初めて、ああ、なるほどと合点がいった。

 片岡元ヤクルトスカウト部長は、浪商……つまりかつて高校球界の強豪として恐れられた「浪華商業高校野球部」の「入れ替わりの先輩」であり、張本さんは3学年差ぐらいの後輩であった。強豪校の「上」と「下」というのは、一生もんなのだ。

 しばし、片岡先輩と張本後輩の歓談が続いて、その間終始、張本さんは背もたれを使わず、背すじまっすぐの姿勢で受け応えをされ、結局コーヒーの一杯も注文されることはなかった。

「二刀流なんてムリ」発言の真意は?

「大谷の二刀流で、ずいぶんボコボコにされとったみたいやけど……」

 片岡さんに問いかけられて、さあどんな話が飛び出すかと思ったら、張本さんがこちらを向いて座り直したから、また驚いた。

 直前のやりとりの中で、張本さんが広島の「段原」という町の生まれ育ちなのを私が知っていたことで、少しだけ距離を近く感じてくださったのかもしれない。

【次ページ】 「どこかで私の言葉を聞くでしょう。そしたら…」

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