甲子園の風BACK NUMBER
「甲子園の光は眩しすぎた」池田高校優勝メンバーの告白「蔦さんも燃え尽きだったのか…」高校野球の神様・蔦文也監督に起きた“一つの悲劇”とは?
text by

谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph bySankei Shimbun
posted2026/09/11 17:50
ノックを行う池田高校・蔦文也監督
――どこまで意識的だったかは分かりませんが、ある一定の時期までは、組織づくりという意味でも、池田はうまくいっていたのかもしれませんね。
中村 私から田中さんに伺いたいのですが、蔦さんは同志社大卒のインテリでエリート、元プロ野球選手という一面がありますよね。田中さんの取材からは、当時の最新の練習方法、プロで行われていたような手法を積極的に取り入れようとしていた様子がうかがえます。その姿と、後半、余裕をなくしていったように見える姿とは、年齢を重ねる中でマネジメントの仕方や練習への向き合い方が変わっていった、ということなんでしょうか。
「両方、どちらも蔦さんだった」
田中 そのいずれも、蔦さんだったと思います。(1974年選抜準優勝のエース)山本智久投手たちに新しい練習法を黙って導入して、プロさながらの練習を取り入れていたのも蔦さんです。ただ、そこに理屈や理論があってやっていたかというと、疑問符がつく。全部が並列にあって、もっと言えば、矛盾なき一つの像に絞ろうとすること自体が、意味を持たない気がしています。
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中村 書かれているように、イメージを裏切る面が、野球の話に限らず、マネジメントの面でも、家庭の事情の面でも、いろいろなところに出てきます。だからこそ、一人の人間として捉えるのが本当に難しいですね。
田中 まさにそうですね。行動の一つひとつを見れば、後からいくらでも理由をつけることはできると思うんです。ただ、それを積み重ねて「蔦文也とはこういう人だった」と一つにまとめようとすると、途端に難しくなる。先進的だった部分と、神になってしまった部分。どちらも切り捨てずに見ていくことでしか、この人には近づけないんじゃないか。今回の取材を通じて、僕自身がたどり着いたのは、そういう感覚でした。〈第1回、第2回もあわせてお読みください〉
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