甲子園の風BACK NUMBER
「バスケに比べて野球は高い」「部活より塾にお金を…」心配していた親が高校野球にハマるまで…ある公立校野球部に密着“親の応援団”が結成された日
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樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byYuki Kashimoto
posted2026/09/13 11:02
今夏、最後の試合を終えた水戸三の3年生たち
初心者の我が子も泥だらけに…母の変化
その悔しさを1年時の担任として見ていたのが柴田優太監督だった。2年生の5月、部活に入っていなかった圭悟が「新しいスポーツに挑戦したい」と野球部入りを決めた際、柴田は華奈里さんに電話を入れた。
「今までずっとバスケを本気でやってこられたので、お母さんのお気持ちは大丈夫ですか?」
その心遣いに背中を押され、華奈里さんは息子を未知の世界へ送り出したという。圭悟は野球初心者。当然、すぐにレギュラーになれるわけではない。それでも、「レギュラーになれなくても、自分が今この場所でやれることをやるのが嬉しい。仲間になって、みんなで一緒に何かをやっていること自体が、俺の役目なんだ」と、朝早くから泥だらけで練習に励んだ。
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1年ほどしか使わない5万円のグラブも、練習を重ねるうちに真っ黒になり、削れていった。
息子の姿を見ながら、華奈里さんの気持ちは変わっていった。高校の吹奏楽部時代以来、33年ぶりにトランペットを手にした。野球応援の助っ人だ。最初はマウスピースの感覚さえ忘れ、かすれた音しか出なかったが、夜に個人練習室や防音のロッカーを借り、10回以上通って練習。家でも消音器を使い、少しずつ唇の感覚を取り戻していった。その姿に、元吹奏楽部の吉川輝音(2年)の母・真実さんも自前のトランペットを持って参加。さらにPTAのお父さんたちも加わり、太鼓を叩きながら応援の輪を広げていった。誰かに強制されたものではない、温かな応援が育まれていった。
野球部引退→受験勉強へ…
2026年夏の茨城大会。水戸三は初戦で、土浦一に2-13で敗れた。
夏を終えて秋。3年生たちは引退後、気持ちを切り替え、一日の大半を受験勉強に割いている。初心者から野球を始め、最後の試合で指名打者(DH)として値千金のチーム初安打を放った江橋遥斗は、燃え尽き症候群になることなく、一日7時間の猛勉強を図書館やカフェで仲間たちと重ねている。
同じく、元バスケ部で野球初心者だった小瀧圭悟は理系大学の受験を目指して机に向かっている。引退後「いつか火星に行ってみたい」という夢を語り仲間を驚かせている。中学時代に名門シニアクラブで一度は傷つきながらも、水戸三で不動のショートとして自信を取り戻した大津遥輝は教員志望。野球に依存しすぎない人生を水戸三で学んだ。




