甲子園の風BACK NUMBER
「息子の野球に26万円」「遠征バス免許も自費で取得」平日は仕事、土日は高校野球に捧げた…ある公立野球部の親に聞く「正直大変ですか?」意外な本音
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樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byYuki Kashimoto
posted2026/09/13 11:01
今夏引退した水戸三・大高侑一とその父。球場駐車場までの田んぼ道を歩く
「野球は真っ黒になるのがいい。汚れた練習着を、自分の手でピカピカに真っ白にする瞬間の快感が、たまらなく幸せなんですよね」と話す。
洗濯に苦戦する母がいれば、真っ白にする快感を「幸せ」と笑う母もいる。二人の言葉から「野球部親の苦痛」は感じられない。
「野球で負担をかけてしまう…」ひとり親、母の涙
「自分が野球部に入れば、お母さんに送り迎えやお金のことで、さらに負担をかけてしまうのではないか」
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3年生の大山大翔マネージャーは、高校1年時を、帰宅部として過ごしていた。中学時代は柔道に励んでいたが、密かに憧れていた野球のグラウンドへ一歩を踏み出せなかったのは、家庭環境に対する葛藤があったからだ。
大翔は、母一人子一人の家庭で育った。母親の負担を誰よりも理解していたからこそ、彼は「野球をやりたい」という本音を、胸の奥深くにしまい込んでいたのだ。
そんな彼が、2年生の途中に決断して、野球部のマネージャーとしてグラウンドへ飛び込んできた。水戸三が掲げた「親の負担がない」という運営方針を知ったからだ。
大翔の母・瞳さんは、当時の心境を振り返り「息子が私に気を使っているのは痛いほど分かっていました」と涙ぐむ。
「でも、この野球部に入ってから、私の生活の一部も野球一色に変わったんです。練習試合の日にグラウンドの傍らで、他の親御さんたちと他愛もないおしゃべりをする時間が、私にとってどれほど救いになり、楽しい時間だったか。本当に感謝しかありません」
柴田優太監督の配慮で、大翔は最後の夏に背番号をもらえた。記録員ではなく、背番号18の選手登録だ。
「『わ!奥川(恭伸)じゃん!』って興奮しました」と、ヤクルトの大ファンである大翔は喜んだ。出番はなかったが、ベンチで誰よりも声を出した。引退後は警察官としての採用試験に向け作文の練習をしている。瞳さんがのぞき見した下書きは、野球部での経験をありのままに綴った文章で埋め尽くされていた。


