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「自分で弁当作り、洗濯も」独立リーグからプロの仕事場をつかんだDeNA若松尚輝が実感する“幸せ”…森原康平も「彼のハングリー精神が刺激に」 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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posted2026/09/07 11:04

「自分で弁当作り、洗濯も」独立リーグからプロの仕事場をつかんだDeNA若松尚輝が実感する“幸せ”…森原康平も「彼のハングリー精神が刺激に」<Number Web> photograph by NumberWeb

厳しい状況での登板が役割になっている若松だが、それでも「幸せ」と語るわけとは

「一緒にトレーニングして感じたのは、とにかく貪欲なんですよ。必死にトレーニングに向き合っていますし、僕としゃべっていても『なにかひとつでも吸収しよう』という姿勢が見えます。とにかく進化しよう、進化しようという気持ちが強いんです」

 どこかうれしそうな様子で森原はつづける。

若松はハングリー精神のある人間

「若松は独立リーグ出身じゃないですか。だからハングリー精神があるんですよ。いろいろ話を聞かせてもらったんですけど、NPBでは考えられない厳しい状況で『プロになるんだ』という強い思いでここまでやってきています。そんな人間はなかなかいないし、その気持ちは、僕個人としても必要としている要素で、若松からいい刺激を受けているんです」

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 北海道札幌市出身の若松は、札幌学院大学3年生の秋に野手から投手に転向している。その後、四国アイランドリーグplusのトライアウトを受け、高知ファイティングドッグスに入団。森原が評価するハングリー精神は、否が応でもこの時期に身についた。若松は苦笑しつつも、懐かしそうに当時を語る。

「いやもう経済的にも厳しかったし、スケジュールもハードでした。試合の日でも朝早く起きて自分で弁当作って、ユニフォームも1着しかないんで、毎日洗濯して干してみたいな。本当、どこでも生きていけるといった精神力が身につきましたし、そういう意味では高知の球団やスタッフの方々、サポートしてくれた人たちには感謝しています」

 高知でプレーするのは2年間と自分で決めていた。そこでNPBに行けなかったら、野球を辞める覚悟をしていた。途中、右肘の手術をするなど苦境に陥りセカンドキャリアを考えたこともあったが、若松は独立リーグで活躍し、期限の2年目にドラフト4位でDeNAに入団した。

 切望して叶えた晴れの舞台。しみじみとした様子で若松は言うのだ。

【次ページ】 終盤戦も自分の務めをまっとうしたい

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