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甲子園の風BACK NUMBER
「戦争ですべてを失ったんです」甲子園“No.1名将”の息子がポツリ…学徒出陣→特攻隊員に、名家に生まれた池田高校・蔦文也の“知られざる激動人生”
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph byAFLO
posted2026/07/28 11:00
池田高校を率いて甲子園3度優勝。高校野球界屈指の名将として知られる蔦文也
しかし、完全に拒絶されているわけではなさそうだ。とくに蔦家の話、蔦の生誕から池田を強くするまでの過程を知りたいのだと、わたしは率直に疑問をぶつけた。ややあって「まあ父を変えたのは戦争でしょうね」と隆司は言った。そして「知っている範囲なら」となんとか承諾をもらえた。
父を変えたのは戦争でしょうね、と隆司は言った。
蔦は大学時代に学徒出陣で召集され、特攻隊員として終戦を迎えている。しかし、書籍でも雑誌のインタビューでも蔦自身が戦時中の体験を語ることはほとんどなかった。哲一朗も、蔦本人から特攻隊の話を聞いたことはないと話していた。電話を切る直前に、隆司が呟いた言葉も引っかかった。
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「蔦家は戦争ですべてを失ったんですよ」
「文章に残ると、独り歩きしますから」
池田高校を取材した次の日、待ち合わせの場所へレンタカーで向かった。国道沿いにあるカフェで話を聞けることになっていた。約束の時間ちょうどに、駐車場で待つわたしの目の前に1台の軽自動車が止まった。運転席の窓ガラスが開いて、白髪の男性が顔を出す。 蔦の次男、隆司であった。「カフェが休みの日だったので家へ行きましょう」 店は営業しているように見える。不思議に思いながらも、言われるとおりに後部座席へ乗車した。車は県道から逸れ、細道を進んでいく。「車で来ると擦る人が多いんですよ」隆司の運転は慣れていた。
静かな住宅街にある一軒家まで、3分とかからずに到着した。応接間には大きな本棚が据え付けられ、名作文学集をはじめ本がぎっしりと並んでいる。ソファに対面して椅子に座る隆司は、橙色と紺色のチェック柄シャツを着ていた。小柄で細く、白色が混じった無精髭が顎を覆っている。監督時代の蔦とは対照的な、温厚そうな老紳士だった。
あらためて取材の趣旨を伝えると、隆司は「文章に残ると、それが独り歩きしますからね」と呟いた。その言葉の意図はつかみかねた。取材の承諾をしたあとに、わたしが夏に書いた記事を読んだのかもしれない。

