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甲子園の風BACK NUMBER
「蔦文也は本当に名監督だったのか?」1年前の池田高校記事が炎上、関係者も不快感…それでも記者が“再び徳島へ向かう”まで「致命的な事実を見落としたのか」
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2026/07/27 11:00
池田高校を率いて甲子園3度優勝。屈指の名将として知られる蔦文也
「空ビンは空虚や」蔦の気になる発言
講演会に行ったことそれ自体はことさら非難されるようなことではない。しかし、川原が見せてくれた告発文に思い至る。そこに記されていた訴えは、生徒から教師への失望を超えた、何かがあるように思えた。
同時に、蔦が川原へ言ったとされる「金は、やめられん」という発言が少しできすぎている感も拭えない。
蔦への親しみとともに苦言まで赤裸々に明かした川原の本心はどこにあるのだろう。
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考えるにつれて謎は深まっていった。取材前、手元に2冊しかなかった蔦の関連本は、むしろ記事の公開後に増えていった。
致命的な事実を見落としたまま記事を出してしまったのではないか。記事がよく読まれたという報告を編集部で受けるたびに、居心地の悪さは増した。
新聞記事など当時の資料を漁っても得心に至らなかった。その多くが池田の黄金期前半、1982年から83年の夏春連覇に焦点を当てるものだったからだ。
これまで多くを語られてこなかったところに蔦文也はいるのではないか。その先に本当の蔦がぽつりと立っているのではないか。
1982年のインタビューで、自身の最大のパブリックイメージでもある「酒」について問われた蔦は次の言葉を残している。
《ビール1本全部飲むんでなくね、最後にこのぐらい(ビンの底に数センチ)残しておくのがええな。だれが見てもきれいや。空ビンは空虚や。ああ、残っておるという、それがええんじゃ。残すということはええのよ》(『強うなるんじゃ!』蔦文也・山際淳司)
池田を初めて甲子園で優勝させた直後にしては、あまりに内省的で、それでいて蔦が抱えていた何かを表した発言に思えた。
池田高校へ再び向かった…
2025年11月。わたしは再び池田高校へ向かっていた。正直に言えば、行きたくなかった。逃げたかった。池田高校の野球部関係者が、3カ月前の記事に不快感を示しているという話を聞いていたからだ。
東京から新幹線で岡山駅へ行き、特急「南風」に乗り換えた。
記事公開から1年に及ぶ継続取材を経て完全書き下ろしで書籍化。“高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)が7月29日についに発売

