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最愛の彼が白血病になった「ごめん、入院することになったわ」Jリーグ新潟・早川史哉の妻が明かす闘病生活「J1デビュー直後の22歳に悲痛な宣告」 

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早川史哉・真優

早川史哉・真優Fumiya&Mayu Hayakawa

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photograph byMayu Hayakawa

posted2026/07/13 11:00

最愛の彼が白血病になった「ごめん、入院することになったわ」Jリーグ新潟・早川史哉の妻が明かす闘病生活「J1デビュー直後の22歳に悲痛な宣告」<Number Web> photograph by Mayu Hayakawa

2016年、白血病と診断された早川史哉(右)。妻・真優さんらのサポートによって、3年半後にJリーグのピッチに帰ってきた

 史哉は絶対に弱音を吐いたり、弱い部分を見せたりしないことはわかっていたのに、そのときは彼の言葉を信じることしかできなかった。

 彼はJ1リーグ開幕戦で先発出場を果たして、夢を叶えていた。レギュラーの座を掴み、結果だけを見ると順調そうだった。

 それでも私の不安は増していった。ビデオ通話に映し出される史哉の表情はやつれていき、いつしか胸騒ぎが止まらないようになっていった。

電話を持つ手が震えていた

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 そしてゴールデンウィーク間近の4月末。電話が鳴り響き、その相手は史哉だった。いつもとは違う時間帯で、胸騒ぎが激しくなった。

「いきなりでごめん。俺、検査入院することになったわ」

 実直な彼の言葉なので冗談なんかではなく、本当に深刻な事態が彼に起きていることを察した。

「そうなの……」

 思うように言葉は出てこなかったし、目の前が真っ暗になった。

「週末から新潟に行くね」

 私は際限なくあふれ出す不安や絶望を胸のなかにしまいこみ、震える手で電話を切った。

 今すぐ飛んでいきたいと思ったけど、その後の授業や研究の調整があって、すぐには行けなかった。

 それからは普段どおりに過ごしていたつもりだったけど、思い返すと上の空で何も手についていなかった。そして時間の経過とともに、無力さを感じるようになった。

 ようやく週末が訪れ、不安な気持ちを抱えたまま新幹線に乗った。移動の時間も必要以上に長く感じられたし、車窓から見える景色には色を感じられなかった。

【次ページ】 「病室を出た直後、涙が止まらなかった」

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