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靭帯損傷で春高絶望…目標を失った高校生が“入院中”に奇跡の再会「たっちゃんはいつもポジティブでした」金蘭会マネージャーを救ったバレー日本代表
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田中夕子Yuko Tanaka
photograph byHiroyuki Nakamura
posted2026/01/25 11:01
7年ぶりに春高バレーを制した金蘭会高校。夏に大ケガを負った枩田七海(3年)はマネージャーとしてチームを支えた
マネージャーとして金蘭会を最後まで支え続けた枩田は、半年前まではこの舞台にミドルブロッカーの選手として立つことを目指してきた。その夢が突然絶たれたのは、6月のインターハイ大阪府予選だった。
大阪国際との決勝戦。ブロックの着地時に右膝を負傷した。直後の痛みを考えれば、病院に行かずとも軽傷ではないとわかった。
診断は右膝前十字靱帯損傷。全治9カ月。覚悟していたとはいえ、目の前が真っ暗になった。
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「『終わったな』って思いました。あーもう、春高は間に合わないんだな、って」
すぐに入院して手術を敢行。術後はすぐに復帰に向けたリハビリを開始した。
「今、自分ができることはリハビリだけ」と言い聞かせるが、でもふとした時に「頑張っても春高には出られないのに」という思いも頭をかすめる。
そんな時、心が揺れ動く枩田に思わぬ出会いが訪れた。
「日本代表で活躍するすごい人」
同じ病院に、右肘の手術とリハビリのために男子日本代表の大塚達宣が入院していた。実は枩田の叔父・優介さんは元パナソニック(現・大阪ブルテオン)の選手で、姪である枩田も幼少期から多くの選手と接する機会があった。大塚とも一度、インソールをつくりに行った際に会話をしたことがある。それでも、まさか病院で、しかも互いが競技復帰に向けてリハビリを重ねる仲間として出会うことなど想像もしていなかった。
大塚からすれば「先輩である枩田さんの姪っ子」で身近に感じられる相手だったが、枩田にとっては「日本代表で活躍するすごい人」。だが、接するうちに大塚への印象はすぐに変わったと笑う。
「めちゃくちゃフレンドリーで、偉そうにすることなくいつも気さくでびっくりしました。(同時期に入院してリハビリをしていた仲間は)私より年下の子も多かったのですが、勉強を見てくれたり、コンビニでおごってくれたり。ちょうど入院していた時に開催していたネーションズリーグの中継を観ながら解説もしてくれました(笑)」
年齢は離れているが、皆がそうするように“たっちゃん”と呼び、兄貴分として親交を深めた。何より枩田にとって大きかったのは、リハビリに取り組む大塚の姿勢を目の当たりにできたこと。
「すごく前向きに、復帰に向けてリハビリする。たっちゃんはいつもポジティブでした。リハビリって滅入りそうになることもあるから、その時どんな人に出会うかってすごく大事なんです。だから、リハビリしても間に合わないのにと落ち込んだ時も、日本代表で試合に出るために一生懸命リハビリする姿を見ていたら、私も頑張らなきゃって自然に思えた。間に合わないとわかっていても、間に合わせるんだという強い気持ちを持ってリハビリに取り組もうって。自分も前向きに取り組むことができました」

