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「タイガースの応援だけで飯を食う」“ダメ虎”と歩んだ阪神タイガース名物番記者、甲子園最後の1日「オレが書こうとしているのは何か…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/11/13 17:00
日本シリーズ第5戦前の阪神タイガースの選手たち。長年、虎党に寄り添ってきたデイリースポーツ松下記者は“甲子園最後の試合”をどう見たのか
級友に笑われ、先生を困らせた少年は仕方なく嫌いな勉強をして大学に滑り込み、製薬会社に入社した。それがシゴトなのだろうと自分を納得させた。だが、シャカイはあの夕立の後の甲子園のような鮮やかな色をしていなかった。研修を終えて初めて大阪支社に行くと、上司が逆立ちさせられていた。本社との会議では全国各ブロックの営業成績が読み上げられ、前年比を割り込んだ担当者は「赤字ブロック」として糾弾される。上司は敗者の罰を受けていた。
1年目、松下はがむしゃらな営業で全国屈指の売り上げを記録した。だが、長くは続かなかった。2年、3年と勤めるうちにやがて「赤字組」になった。それを埋めるため、土曜も日曜もなく担当地区を駆けずりまわった。月末になると担当店舗へ納入品の集金に行く。最終日の営業が終わってからしか支払ってくれない店主もいた。夜になって店に着くと、すでに競合他社の担当者たちが集金の列をつくっていた。ようやく順番が来ても店主から「これで何とかならんか?」と値切られた。担当者として店の懐事情は痛いほど分かっている。それでも首を横に振らざるを得なかった。
明日の朝まで待ってくれ。そう言われて翌朝出直してみると夜逃げされていたこともあった。松下は知った。世の中は1%の勝者と99%の敗者によってできている。そして店主も自分も後者なのだと――。
アカンタレ。でも、だから放っておけない
鬱屈した日々の中、足を向けたのが甲子園球場だった。時は1990年代。阪神は底なしの低迷期にあった。10年間で最下位に沈むこと6度、Aクラスに入ったのは1度だけ。「ダメ虎」が代名詞だった。眼前で晒される負けゲーム。周りを見渡せば早々に諦めて酒を飲んでいる客がいた。試合そっちのけのカップルもいた。そんな中、松下は最後の1球までグラウンドから目を離さなかった。いや、目を逸らせなかった。
「自分と重なるんよ。負けてばっかり。たまにええとこまでいくと有頂天になって、やっぱりダメ。関西で言うアカンタレやな。でも、だから放っておけないんよ」
入社4年目。運転免許停止となり、電車で担当店舗をまわる羽目になった。心身ともに限界だった。そのどん底に蜘蛛の糸が垂れていた。ある日、京阪関目駅で乗り換えの道すがら、売店でスポーツ新聞を買った。珍しく前夜はタイガースが勝った。目当ての新聞は売り切れていたから、仕方なく残っている中で最も黄色い新聞に手を伸ばした。仰々しい見出しが躍る一面の下に社告が出ていた。『記者募集』。
そこから人生が動き始めた。
【続きを読む】雑誌が読み放題のサブスク「NumberPREMIER」内の「黄金期のチームにオレの原稿は必要ない」“ダメ虎”と歩んだ名物番記者、最後の1日。<『松とら屋本舗』で綴り続けた悲哀>で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。