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「僕がボコボコにされたシリーズですね…」清原和博が明かす、あの“28年前”野村ヤクルトとのニガい記憶
posted2020/12/03 17:05
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph by
Takuya Sugiyama
西武、巨人の主砲として10度の日本シリーズに出場し、8度の日本一を経験した清原和博が、Number1016号の特集企画「名将たちの日本シリーズ」で日本シリーズにまつわる自身の成功・失敗談を明かし、自らを導いた森監督、対戦相手として火花を散らした野村克也監督について語った。
西武時代、不動の4番として8度のパ・リーグ制覇、6度の日本一に輝いた清原にとって、「日本シリーズの厳しさを知った」のが、7戦目までもつれた92年の野村監督率いるヤクルトとの対戦だったという。
「僕がボコボコにされたシリーズですね。すごく覚えています。シリーズ前から野村さんは、“清原はインコースが打てない”とメディアに向けて話していて、僕もそれに反応してしまって……。(2戦目で)荒木(大輔)さんからホームランを打ったのですが、その後、徹底的に高めの真っすぐで抑え込まれました。ムキになればなるほどボール球に手を出して、打てなくなる。完全に野村さんの術中にはまったわけです」
「キヨもういいだろ、代えるぞ」
4戦目以降は16打数連続ノーヒット。3勝3敗で迎えた大一番の7戦目。1-1と均衡した8回裏の西武の守備時に、森監督からサード清原の交代が告げられた。19歳で出場した86年からずっと4番の座を譲らなかった清原にとって、シリーズでベンチに下がったのは初めての体験だった。
「7戦目では僕も心が折れかけていたんですね。8回表、ノーアウト一、二塁のチャンスで打席がまわってきて、ショートへの凡フライに倒れました。僕のあまりの姿を見て決断したんでしょう。忘れもしないのですが、森監督が神宮球場のベンチの裏まできて『キヨもういいだろ、大丈夫だろ、代えるぞ』と言われたんです。野球人生で代えるぞと言われて嬉しかったことなんてないですけど、あの時だけはほっとしたというか。監督ありがとうございますという気持ちになりました。このままでは僕がつぶれると思った監督の親心だったと思います」