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誰からも愛された“野人”
中西学への、ご苦労さん。

posted2020/03/01 08:30

 
誰からも愛された“野人”中西学への、ご苦労さん。<Number Web> photograph by Getty Images

(左から)天山、永田、小島と「第三世代」として新日本を引っ張った中西。'99年にはG1クライマックスも制覇。

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph by

Getty Images

 獣神サンダー・ライガーに続いて、中西学が……。新日本プロレスの一時代を築いた看板選手が、相次いでレスリング・シューズを脱いだ。

 元IWGPヘビー級王者の中西は、レスリング日本代表(フリースタイル・100kg級)として1992年バルセロナ五輪に出場した。同年8月、新日本に入団。直後の10月13日にプロデビューし、期待通りに大活躍した。'11年6月に中心性脊髄損傷で長期欠場。'12年10月に復帰したものの、引退を表明した今年1月7日の記者会見では、「自分の思うようなファイトができなくなった」。潔く現役生活にケジメをつけ、2月22日に東京・後楽園ホールで引退試合を行うことを発表した。

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