「僕、阪神にね、入って良かったと思っています」

「全然、関係ないと思っています。その年齢なら、高校野球とか、絶対的な練習量も自分の比にならないくらいしんどいことをみんなは経験している。やっぱり、ヘタやったんやと思います。体の使い方がね。体力どうこうの前に、技術的に未熟でした」

　20歳という志半ばで、日本球界と決別した。ともすればトラウマになりがちなのに、とめどなく言葉があふれ出る。

「僕、阪神にね、入って良かったと思っています」

　そう、言い切った。

「誰も味わったことがない『経験』は自分の中で生きている。いろんな人を見ました。球児さん、下柳さん、安藤さん、桧山さん、赤星さん……。普通、こんなに身近で接することはないし、考え方に触れることもない。一流に触れて肌で感じたから、いま、物おじすることはありません。耐える力もついたと思います」

藤川球児を見て「こんな球、人間、放れんの？」。

　忘れられない、16歳の思い出がある。'05年1月、二軍本拠地の鳴尾浜球場。新人合同自主トレの合間に、なにげなく三塁側ブルペンをのぞくと心を奪われた。一定のリズムで捕手のミットが乾いた音を立てる。浮き上がるような異次元の球筋を描く。大ブレーク前夜の藤川球児が投げていた。

「初めて見た、プロのブルペンの投球が球児さんでした。『こんな球、人間、放れんの？』って驚いたのを覚えています。スピードとか全部が、いままで見たことがなかった球だった。『5年後、俺、こんな球、投げられるの？』って」

　周りには背筋を伸ばして生きる人が多くいた。阪神を戦力外になった辻本はその後、米球界に挑戦し、大リーグのニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ。ほどなく右肘を痛め、試合で投げることなく、静かにユニホームを脱いだ。

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