フットボール“新語録”BACK NUMBER
西欧への対抗意識持つロシアリーグ。
急成長の背景と日本人選手への評価。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byShinya Kizaki
posted2013/03/08 10:30
元々は陸上の短距離選手だった三枝洋介。優秀な短距離選手を輩出していたロシアの科学的トレーニング方法に憧れて渡露した。「当時はまさか自分がサッカー選手になるなんて思っても見ませんでしたよ」と笑いながら語った。
元ガンバ大阪のツベイバの協力を仰ぎ、代理人の道へ。
三枝はコーチの推薦でトルペド・モスクワのアマチュアチームに入団し、サッカー選手の道を歩み始める。ロシア3部(1部の上にプレミアリーグがあるため実質的には4部)の快速ウィンガーとして厳しい競争を生き残り、その後チェルターノバなどでプレーした。
もちろん実質4部のアマチュアのため、たまに勝利給が10ドルほど支給される程度で、とても生活はできない。三枝はオフシーズンに日本でアルバイトに励み、シーズンが始まるとロシアに渡るという生活を繰り返して、33歳まで現役を続けた。
移住当初はソ連邦崩壊後の混乱期のため、何のツテもない日本人が暮らしていくのは簡単ではなかった。だが、ロシア語を習得し、粘り強く陸上とサッカーを計14年間続けたことで、気がつけばロシアスポーツ界に大きなコネクションができていた。
特に大きかったのが、ツベイバとの出会いだ。
三枝は頻繁にロコモティフのクラブハウスを訪れるようになり、そこでこの元ロシア代表DFと知り合った。ツベイバの息子がロコモティフのリザーブチームでプレーしていたのだ。
1994年から1996年までガンバ大阪でプレーしたツベイバはロシアの元トッププレイヤーで、各クラブと強い信頼関係がある。彼は引退後に代理人業を営んでおり、ロシアで仕事をするうえでこれほど頼もしいパートナーはいないだろう。三枝はツベイバと業務提携を結んだ。
ロシアのクラブの年俸水準は西ヨーロッパの1.5倍以上。
では、具体的にロシアのクラブは、日本人選手をどう評価しているのか?
三枝は力強く言った。
「今、ロシアのクラブはすごく日本人選手に注目しています。本田圭佑選手のCSKAでの中心的な活躍、そして何より香川真司選手のドルトムントでのブレイクが大きかった。純粋な戦力として、日本人選手を見るようになりました。さらにロンドン五輪でのベスト4も、その流れを後押しした。僕はロコモティフ・モスクワの関係者と会う機会が多いんですが、五輪後、ロコモティフの強化担当者の本気度が変わりました」
すでに触れたように、ロシアリーグの年俸水準は極めて高い。西ヨーロッパへの対抗意識があり、まずは報酬で上回ろうとしているからだ。
「ロシアのクラブの場合、日本人選手が西ヨーロッパに移籍した場合の1.5倍の年俸を出せると思います。ロシア側は(日本人選手獲得の)準備ができています」