青春GOLF ――石川遼に密着! BACK NUMBER
プロゴルファー石川遼が高校卒業。
いったいどんな高校生活だったの?
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2010/03/22 08:00
2007年6月に関東高等学校ゴルフ選手権東京都大会予選に団体で出場した石川遼。(写真右から)田尻啓、伊山祐介、桜井勝之らと共に杉並学院が団体優勝。この大会では、石川個人は2位となっていた
ゴルフ活動は「挑戦」教科!? ゆとり教育の恩恵も。
さらに、杉並学院では平成11年に告示された(実施は平成15年から)学習指導要領で可能になった学校設定教科をフル活用した。これは生徒の実態や進路に合わせ、特色ある学校づくりをするために、各校が独自に教科を作れる制度のこと。20単位までは卒業に必要な単位に充当することができる。
全国の普通科でこの制度を利用しているのは58%あり、「日本の伝統・文化」「富士山学」「表現」「課題研究」「キャリア」など、学校によってさまざまな教科が設けられている。杉並学院高では「挑戦」という教科を新たにつくり、石川のゴルフ活動をこれに充当させることにした。
吉野弘一校長はこう語る。
「ゆとり教育では多様化する子どもたちにどういう対応をするかが学校に委ねられるようになった。おかげで特色ある子どもに対応できるようになったし、今回の遼くんは文部科学省の柔軟な仕組みのおかげでもある」
いろいろと批判されることも多いゆとり教育だが、日本一多忙な高校生だったかもしれない石川には確かなゆとりを与えてくれたようだ。
ゴルファーとして、社会人として、どれだけ有意義な経験を重ねていても、それは学業とは別物とする意見もあるだろうが、ここではその是非を論ずることはしない。ひとつ確かなのは、石川もさまざまな形で努力をして、杉並学院高の求める卒業の条件を満たしたということだ。
そして、周囲の支えの大きさを理解しているからこそ、出場権を持っていた世界ゴルフ選手権・CA選手権をスキップしてでも卒業式への出席にはこだわった。
慌しかった高校生活にも「悔いは残ってないです」。
プロとしての活動ゆえに高校生活が犠牲になったのでは? という質問にはこう答える。
「悔いは残ってないです。ゴルフを通じて僕も経済や政治の勉強もできたと思う。高校に入学する時は当たり前に行けると思ってた修学旅行も行けなかったし、体育祭も文化祭も出られなかったけど、どうしてもここは行きたいとか、これはやりたいっていうのはほとんどなかった。自分の置かれた状況を冷静に考えることはできたんじゃないかな」
高校生であり、プロゴルファーでもある。しかし、先に立つのはいつでもプロゴルファーとしての自分だった。その上で、できることはすべてやりきった幸せな3年間だった。