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あと20年間は日本での五輪は無理!?
韓国・平昌の冬季五輪決定の余波。 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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posted2011/07/11 10:30

あと20年間は日本での五輪は無理!?韓国・平昌の冬季五輪決定の余波。<Number Web> photograph by KYODO

2018年の冬季五輪が韓国・平昌(ピョンチャン)に決まった瞬間のイ・ミョンバク大統領とキム・ヨナ。キム・ヨナは今回の五輪招致活動に多大な貢献をしている

2020年は無理としても……2024年も無理なのか?

「平昌ファクター」が大きくなり、東京は2024年に切り替えた方がいいのでは? という選択肢も検討されるかもしれない。しかし、すでに2024年はまだ一度もオリンピックを開催したことがないアフリカ大陸――ハッキリ言えば南アフリカの都市が有力な候補都市になるだろうと見られている。

 南アフリカ政府はオリンピックの招致よりも貧困対策やインフラ整備に注力するとして、2020年の立候補を見合わせた。もし、南アフリカが2024年の招致に本腰を入れたならば、圧倒的に有利に活動を進めることは間違いない。

団塊世代の五輪に寄せる情熱は、本当に日本を思ってのことなのか?

 2020年にしても、その先の2024年にしても東京は厳しい招致活動を強いられる。

 いま、熱烈に東京オリンピックを招致したいと思っている人たちを見ると、10代の時に1964年の東京オリンピックに触れた人たちが圧倒的に多い。昭和21年生まれ(現在65歳)の人々はちょうど高校3年の時、昭和26年生まれ(現在60歳)の人たちは、中学1年で東京オリンピックを目の当たりにした。

 本当に素晴らしい体験だった――とみなさんは話す。あの経験を、いまの若い人たちにも伝えたいのだ、と。

 もし、2020年の招致に成功した場合、昭和21年生まれの人たちはそのとき、74歳になっている。

 自分たちが元気なうちに、もう一度、東京でオリンピックを。その熱意が大きな原動力になっているが、それだけでは足りない。

 それを補う「大義」や「情熱」が、東日本大震災からの復興が第一義の日本においては見つけづらい。宮城県出身の私は、正直、そう思っている。

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