レアル・マドリーの真実BACK NUMBER
悲観から、あっという間に楽観へ。
text by
木村浩嗣Hirotsugu Kimura
photograph byAFLO
posted2005/03/23 00:00
「リーグタイトルはもう不可能だ」(グティ、3月13日)。
「タイトルを取れないのは辛い」(ベッカム、14日)。
13日、ヘタフェに敗れ、首位バルセロナとの勝ち点差が11に開いたとき、選手たちが口にしたのは絶望であり、諦めだった。チャンピオンズリーグのユベントス戦で披露した不名誉な戦いぶりをヘタフェ戦で繰り返し、国内リーグからも脱落した、かに見えた。
ところが、その数日後に悲観は楽観に劇的に変化する。
「7連勝できたのだから10連勝できない訳がない」(カシージャス、16日)。
「リーグ優勝は不可能ではない」(ベッカム、同日)。
変わったのは選手だけではなく、フロントも同じだ。
13日の時点では、フロレンティーノ会長は「選手が出て行くのは世の定めと言うものだ」と発言していた。銀河系軍団の終焉を疑わないメディアは、この発言を受け、早くも来季の陣容を予想し始めた。
放出要員には、フィーゴ、ロベルト・カルロス、オーウェンはもちろん、ラウール、ロナウドの名すら挙げられ、代わりにレジェス(アーセナル)、ホアキン(ベティス)、ジェラール(リバプール)らが加入するものとされた。就任後7連勝のルシェンブルゴも今季限り、後任にはカッペロ(ローマ)やベニテス(リバプール)が噂された。
しかし、この“銀河系解体計画”も突然、撤回される。
「選手を売りに出すと言った覚えはない。契約も残っているし愛着もある」(フロレンティーノ会長、16日)
「言われているような大改革などない」、「小さな修正があるだけだ」(同、17日)。
銀河系軍団は不死鳥のごとくよみがえり、逆転優勝の可能性が再び語られる。いったい、この数日間に何があったのか?
別に特別なことは何もない。
16日、フロレンティーノ会長とルシェンブルゴ監督、選手たちが会談しただけだ。会長は、監督と選手へ全幅の信頼を寄せていることを表明した、という。「レアル・マドリーのプレステージを再認識し、プロ意識を奮い起こし、最後まで諦めず誇りを持って終盤戦に臨もう」といった激励もあったに違いない。
信頼と激励、たかがそれだけ。だが、レアル・マドリーは何よりメンタルケアが必要なチームである。
銀河系軍団の心の脆さは、昨季の実績が証明している。
ちょうど1年前の3月17日、国王杯決勝でサラゴサに敗れ、レアル・マドリーの転落は始まった。
4月6日にはモナコに敗れ、チャンピオンズリーグ制覇の夢が消滅。その週末にはオサスナに敗れ、リーグ首位の座をバレンシアに譲った後は、クラブ史上初の5連敗を記録し、4位にまで転げ落ちている。
夏のアジアツアーでの調整の失敗や“パボンたち(生え抜きの若手)”を信用せずレギュラーを酷使したことによる体力的な息切れはあったが、奈落の底に沈んだ最大の原因は、モラルの低下にあった。
フィーゴ、ジダン、ベッカムの連続退場劇があり、グティ、ラウールの監督批判があり、「早くシーズンが終わって欲しい」(カシージャス)という精神状態では戦えるわけがなかった。
今季に入っても、状況が変わったとは思えない。
選手の発言が誇張されて伝えられるのは人気チームの宿命だが、それにしてもチームの団結力に疑問を抱かされるような、ちぐはぐな発言が目につくのだ。
私は、「スタイルの見えない場当たり集団」(2004年12月10日)でこう書いた。
「誰を責めるでもないが、フォワードにはボールが必要だ」――バルセロナ戦完敗の後、こう言い放ったロナウド。「カシージャスがボールを要求したからだ」――同じ試合でカシージャスとボールを譲り合い、先制点を与えたロベルト・カルロスは、こう言い訳した。
(中略)
今季のレアル・マドリーには“一丸となって戦う”という、強い意志が見えない。大勝したときのみ、チームが一つになる印象を与えるのだ。バルセロナのエトーやプジョールがチームメイトに責任を転嫁するような発言をするだろうか?
強い意志なくしては逆境を跳ね返せない。銀河系の戦士たちのハートの弱さを知り尽くしているフロントは、昨季の二の舞を避けるために、選手、監督とのミーティングだけでなく、面白い手を打ってきた。
20日のマラガ戦のテレビ中継を見た人は、スタンドに大きな横断幕があるのに気がついたかもしれない。
それらにはこんなフレーズが踊っていた。
「今こそ、マドリッド主義者が団結するときだ」「団結こそ力だ。選手とファンは一体になるべし」「ラウール、キャプテン、我々は勝てると信じている」。
同種のメッセージは、先週末からチームの練習グラウンドにも張られている。
これらは、公式にはフロントの差し金ではなく、ある“ファンクラブ”あるいは“名の知らぬ誰か”の仕業とされている。が、なんとまあ都合のいい内容で、タイミング良く現れたものだ。
レアル・マドリーファンはクラブを容赦なく批判する厳しさで知られているが、マラガ戦での観客の反応は恐れたほどではなかった。
ベルナベウは選手たちをブーイングで迎えたものの、勝利の後は拍手で送り出している。フロントの腐心もあり、歯止めなき転落、ファンとの対立はひとまず回避された。
私はレアル・マドリーファンではないし(バルセロナファンでもない。念のため)、メッセージ一つで態度を変えるほどナイーブでも楽観的でもない。残り9試合に要求したいのは、献身であり興奮である。弛緩と無気力でシーズンを棒に振った銀河系軍団のプライドと意地に期待する。