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オシムを読み解く。
text by
西部謙司Kenji Nishibe
posted2006/08/31 22:20
オシムのサッカーとは?
イビチャ・オシム監督の下、日本代表は2試合を消化した。そこで、まだ全貌が明らかになっていない「オシム・サッカーとは何か」が話題になっている。
だが、オシムの頭の中を探るより、現実に表れているプレーのほうが、ずっと重要ではないだろうかと思う。
そもそも「オシムのサッカー」とか「オシムの目指すサッカー」を知るだけでは仕方がない。もし、「それはバルセロナだ」と言ったらどうするのだろう。「ジェレズニチャルだ」と言われたら、お手上げではないか。
オシムは監督で、監督がプレーするわけではない。オシムはコーチし、選手はプレーする。だから、日本代表チームがやるのは日本代表のサッカーでしかありえず、それ以上でも以下でもないはずである。オシムが指揮するジェフ千葉のプレーが、ジェフのサッカーだったのと同じだ。
オシム監督が何に力点を置いてコーチしてきたか探ることはできるが、オシムとトレーニングした選手がどういうプレーをするかは、オシムよりも選手にかかってくる。
とはいえ、まだたった2試合ではあるけれども、日本代表にオシム色は表れていた。
オシムのサッカー哲学を探るとき、最初に浮かぶのは攻撃性だ。
「リスクを冒せ」
逆に、リスクを冒さないサッカーとは、例えば3人だけで攻めるサッカーだ。ハンス・オフト監督時代の浦和レッズがそうだった。ボールより後方には常に7人以上の選手がいて、主にエメルソンらの強力なアタッカー2、3人で攻撃していた。
「リスクを冒さなければ勝てない」
オシムはそう言うが、現実は必ずしもそうではない。浦和もイタリアもフランスも勝っている。
リスクを冒す、つまり攻撃時に人数をかけなければ勝てないのは、強力なアタッカーがいないチームだ。日本にはアンリもロナウジーニョもいないから、8人で守ってカウンターするだけでは攻めにならない。世界レベルでも1人で点をとれるような、絶対的なアタッカーは現状ではいない。
結局、“人とボールが動くサッカー”が日本の方向性になる。ここ数年、これは標語のようになっていた。人が動いてスペースを作り、ドリブルよりもパスワークを主体とした攻撃である。日本選手は1人で局面を打開する馬力や個人技はないが、ボールタッチがよく、運動量も豊富で組織プレーもある。指導者に関係なく、日本の目指すサッカーは自ずと決まっているといえるかもしれない。
ところが、この“人とボールが動くサッカー”は、かけ声ばかりで実体はあまり伴っていなかった。五輪代表、ユース代表ともに、イメージはあっても、実現していたとは言い難い。それはジーコ前監督のA代表も同じだった。
就任当初、ジーコ前監督はいわゆる“黄金の4人”を中盤に並べ、流動性の高い攻撃を目指した。中村俊輔や中田英寿がプレーしたときには、攻撃面での流動性は発揮された場面もあったが、ついに定着はしていない。
攻撃面の流動性が高いと、守備時にポジションが崩れたままになる。いってみれば、流動的な守備ができないと、よほどボール・ポゼッションで相手を圧倒しないかぎり、流動的な攻撃は守備が足かせになって成立しにくいのだ。
“人とボールが動く”は、代表のどのカテゴリーでもあまり具現化されなかった。攻撃面で片鱗をみせたジーコのチームも、結局は守備面でのリスクをコントロールできずに中途半端に終わっている。
ところが、Jリーグではジェフがそれを具現化していた。
ジェフで“人とボールが動くサッカー”が具現化されていたのは、守備面での裏付けがとれていたことが大きい。オシム監督の指導によって「対応力」が培われていたからだ。
トリニダード・トバゴ戦とイエメン戦の日本代表は4バックで臨んでいる。ゾーンに入ってくる相手をマークして1人余る。この守備の原則はジーコのときと同じだ。だが、オシム監督の日本のほうが、よりマンマークに近い。マークのつかみ方が早い。
4バックといっても、ジェフでは「2バック」と呼ばれている守り方で、ボランチを含めた5人、あるいは中央の3人がセットになっている。相手が1トップか2トップかによって、センターバックかボランチが「余る」。イングランドや北欧の代表チームなど、完全なゾーンの場合は違うが、マンマークに近いポルトガルなどは、こうした守り方になっている。
マンマークで1人余るというと、ずいぶん古くさい守備を連想するかもしれないが、最近ではむしろこのほうが新しいともいえる。典型的なのは、ユーロ2004で優勝したギリシャだ。非常にマークのつかみ方が早く、マンマークも強力だった。強い相手には強いマーカー、速い相手には速いDFを張り付かせている。相手チームの切り札、傑出した個人プレーヤーを封じるには、ゾーンで誰が対応するかわからない状態よりも守備面での効果は計算できる。
ギリシャは攻撃面でリスクを冒す度合いが小さく、その点ではオシムの考え方とは根本的に異なるが、守備のやり方自体は似ていた。
ドイツワールドカップでも、優勝したイタリアは完全なゾーンとはいえマークのつかみが早いので、局面の守備はマンマークと変わらなかった。全体に対人守備の強度が上がっている。マンマークの欠点の1つであったスタミナのロスも、90分間走りきってしまう選手が当たり前になったことで問題にならなくなった。
(以下、Number660号へ)