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バルセロナ 「最強の復権」 

text by

横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

PROFILE

posted2007/09/20 00:10

 バルセロナは毎年開幕前にソシオ代表会議を開き、役員会が提出する予算案の承認などを行う。ここ数年は平穏を保っていた会議が今年は荒れた。昨季のチームの出来にソシオ(会員)が不満を抱いていたからだ。株式会社化していないバルサはソシオがオーナーである。役員内のチーム責任者にあたるチキ・ベギリスタイン強化担当は、罵声や口笛が響く中、反省と釈明を余儀なくされた。

 「昨季は自信過剰になっていた。それから『放っておいても全てうまく行く』と選手が考えてしまう危険性に気づいていなかった。懸命にやる姿勢も欠いていた」

 欧州王座と国内2連覇で“甘い生活”を味わい、成功への飢えを忘れたところに鬼コーチだったヘンク・テンカーテもいなくなり、監督フランク・ライカールトは放任主義を貫く……。こうしたことが全て相俟って、選手が天狗になってしまったということだ。

 たとえば2月に起きたサムエル・エトーの試合出場拒否と、続くライカールトとロナウジーニョに対する侮辱発言。シーズン終盤を前に、チームの和を乱すことになったこの事件については、「テンカーテがいたら起きなかっただろう」という声が上がる一方で、エトーを無罪放免にしたライカールトの姿勢が賛否両論を呼んだ。

 もうひとつ、昨シーズンを通して話題になっていたフィジカルコンディションの不良については「ワールドカップがあったため選手のチーム合流に時間差ができ、夏の体力作りにばらつきが生じた」と説明された。シーズン後に明かされた“機密事項”によると、開幕直前に行われた体力テストでは、主力を含む選手の半数が不合格レベルの数字を出していたという。そもそも本番を迎えられる状態になかったということだ。

 象徴的だったのはロナウジーニョだ。一昨年までそれこそ神扱いされていたのが、昨シーズンはフィジカルコンディションが決定的に悪く、並の“良い選手” に成り下がってしまい、カンプ・ノウでの絶対性を失ってしまった。「体調のコントロールさえできていない。慢心している」と戦犯扱いされはじめ、試合中に罵声まで飛び、挙げ句の果てには、4年前マンチェスター・ユナイテッド行きが濃厚だった彼を友情で引っ張ってきた元副会長サンドロ・ルセイにも「友人としてはそんなことしたくないが、自分がクラブの役員だったら放出している。ドイツワールドカップ後のロナウジーニョは売って儲けるべき選手だった」と見限られている。

 会議でチキは約束した。

 「毎試合、どころか毎日の練習を懸命にやらせるようにする」

 「選手の態度をコントロールし、必要なときはペナルティを与えるルールを作り直す」

 「選手間の関係を正す。ひとりが言われたことを守っているなら、残りの全員もそうするようにさせる。ひとりが全力で練習しているなら、残りの全員も全力でやらせる」

 こうしたチキの問題認識は、現場の責任者であるライカールトも当然承知している。そこで彼がとった手段は基本への回帰。つまり、しっかり練習することだった。

 「全員ゼロからやり直す。率直に言うと、私自身も。うちの選手はファンのために、自分のために、タイトルを獲得することがどんなに大切か分かっている。そのためには、最初からやり直すのが一番いい。そうすればモチベーションも高まるだろう」

 今年のプレシーズンのバルサは練習量を増やした印象がある。具体的なメニューに大きな違いはないが、可能なときは午前・午後の2部練習を行い、アジアツアーでは慣れない蒸暑の中、試合日の朝にさえ選手をグラウンドに集めた。昨シーズンは故障者の多さも足枷となったことからメディカルチェックを徹底し、スピードガンによるランニングスピードやシュートスピードの計測という新しい試みも行った。ここ数年、優遇される形で独りジムにこもることが多かったロナウジーニョも、今年は全てのチーム練習に参加し、チームメイトと並んで全てのメニューをこなしたのだ。この変貌に、これまでの彼を知る者は大いに驚いた。

 選手は昨季の経験から学んでいるとライカールトは言う。

 「昨年のバルサは大きな目標を掲げながら、最終的には達成できなかった。選手にとっては辛い経験だったはずだ。あれが契機になって、自分をトップコンディションにもっていきたいと願うようになっている。選手の未来を考えると、皆とても貴重な時間を過ごしていると言える」

 チームに対する信頼は今年も変わらない。チキが「選手にペナルティを与えるルール」を約束するに至っても、ライカールトは選手の自主性を尊重するつもりでいる。

 「ロッカールームは監獄ではない。選手が責任を持ってやるべきことをやっていれば、内規のことなど考える必要はない。全て自然にうまくいくのだ。選手は健全な意志を持っているし、しっかり努力もしている。何かが機能していないなら、私はまず自分自身を見つめ直し、彼らを助けるために何ができるか考えるだろう。だが、これまでのところ、選手は私のやり方に応えてくれている」

 戦力補強に関しても、この夏は非常にうまくいった。エリック・アビダル、ヤヤ・トゥーレ、ガブリエル・ミリト、そしてティエリー・アンリ。約6000万ユーロ(約100億円)を費し、強化が必要だったポジション全てにこれ以上ない選手を獲得した。Bチームから引き上げられたジョバンニ・ドス・サントスもいる。おかげで選手層の厚さと戦力は国内最高、ヨーロッパでもトップクラスになったといっていい。

 これで失地回復の準備は万全に整ったはずである。ところが、アンリの加入で新たな問題が生じたという声も大きくなってきた。フォワードラインにロナウジーニョ、エトー、リオネル・メッシにアンリと世界的なスターばかりを集めて果たしてチームはまとまるのか。ライカールトは原則として4人の同時起用はないというが、ポジション争いがひび割れの元になるのではないか。昨季エトーとロナウジーニョの衝突の裏にあったエゴのぶつかりあいに、アンリまで加わってしまうのではないか。バルサの元選手で現在ムンド・デポルティボ紙などに寄稿しているフリオ・サリーナスはこう言っている。

 「アンリの獲得にはちょっと不安にさせられる。彼の実力を疑っているわけではなく、フォワード4人が緊張状態に陥らないか心配なのだ」

(以下、Number687号へ)

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