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「タイガースの応援だけで飯を食う」“ダメ虎”と歩んだ阪神タイガース名物番記者、甲子園最後の1日「オレが書こうとしているのは何か…」

posted2023/11/13 17:00

 
「タイガースの応援だけで飯を食う」“ダメ虎”と歩んだ阪神タイガース名物番記者、甲子園最後の1日「オレが書こうとしているのは何か…」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

日本シリーズ第5戦前の阪神タイガースの選手たち。長年、虎党に寄り添ってきたデイリースポーツ松下記者は“甲子園最後の試合”をどう見たのか

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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Hideki Sugiyama

 負け続けるタイガースに、阪神ファンは自らの人生を重ねて応援してきた。そんな虎党にいつも寄り添ってきた記者が、12年続いた連載に幕を下ろす。日本シリーズ第5戦、甲子園での今年最後の試合で記者は何を見たのか。
 発売中のNumber1084号掲載の[名物記者最後の1日]「『ダメ虎』が強くなったから」より内容を一部抜粋してお届けします。【記事全文はNumberPREMIERにてお読みいただけます】

 少年はゲートをくぐると甲子園球場の階段を駆け上がった。視線の先に空が見えた。あの向こうにスタンドがあり、その先にグラウンドがある――。気持ちが急いた。息を切らして上がりきると、眼前に黒土と緑芝のフィールドが広がっていた。夕立の後の甲子園は陽を浴びて赤く染まり、そこにユニホームに身を包んだ男たちがいた。1979年のある土曜日。阪神タイガース対読売ジャイアンツ。神戸生まれの少年にとって初めての野球観戦だった。

 試合は阪神が勝った。ストッパーの江本孟紀が1点差を守り切ると、甲子園に六甲おろしが響き渡った。ただ、何より心に刻まれたのは試合中のある出来事だった。

 ゲーム中盤、凡退した阪神のバッターが手にしたバットを悔しそうに見つめながら引き上げてきた。少年は一塁ベンチ上のネットにかじりついてその光景を見ていた。次の瞬間、顔を上げた選手と目が合った。すると、打者は手にしていた商売道具を少年に向けて差し出したのだ。少しひび割れ、まだ戦う男の火照りを宿したバットがネットの隙間を通って自分の手に届いた。およそ4万人の観衆の中でただ一人、自分だけに起きた奇跡は永遠の記憶となった。

 阪神はBクラスだったが、それからは寝ても覚めてもタイガース。小学校の文集「将来の夢」には迷わずこう書いた。

『タイガースの応援だけで飯を食う』

 するとクラスメートたちに笑われた。先生からは苦笑いで諭された。

「松下くん、それは仕事とは言わないんじゃないかな」

オレが書こうとしてるのは阪神を取り巻く誰かであり、何か

 2023年11月2日、日本シリーズ第5戦。それは松下雄一郎が記者として取材する甲子園最後のゲームだった。この夏、デイリースポーツ退社を決めた。つまり12年間続いた連載『松とら屋本舗』もタイガースのシーズン終了をもって打ち切りとなる。ただ、そんな甲子園最後の日に、松下は球場の外にいた。滋賀県湖南市のお好み焼き店。あるタイガース選手の地元であり、その母親が常連客であり、何より虎党が集う店である。

 プレーボールが近づくと、仕事を終えた人々が続々と暖簾をくぐる。鉄板焼きの煙とビールの匂いと一球ごとに交錯する叫び、その雑多な生活音の中に松下はいた。ずっとそうしてきた。記者ならば甲子園のベンチにもバックヤードにも入ることができる。だが、松下は用意された“会見場”ではなく、誰もが入れる場所に足を向けた。

「現場を生で見て、それを伝える記者はオレ以外にたくさんいるんよ。『松とら屋』は選手の声を伝えるためのものじゃない。オレが書こうとしてるのは阪神を取り巻く誰かであり、何か。そう考えたら記者席を離れるのは怖くなくなったかな」

 松下は最後の日も虎党の日常越しに甲子園を見つめていた。

【次ページ】 大阪支社に行くと、上司が逆立ちさせられていた

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阪神タイガース
岡田彰布

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