Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER

トム・ホーバスの「厳しい練習」は、日本人がやりがちな「根性練習」と何が違う? 日本代表を勝たせた外国人“鬼コーチ”が直面した日本の課題 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2023/09/02 11:03

トム・ホーバスの「厳しい練習」は、日本人がやりがちな「根性練習」と何が違う? 日本代表を勝たせた外国人“鬼コーチ”が直面した日本の課題<Number Web> photograph by Getty Images

バスケW杯で歴史的勝利を上げた男子代表。指揮官トム・ホーバスは女子代表に続き、日本バスケを高みへと導いている

――東京五輪では、1990年代半ばから2000年代後半に生まれた「ジェネレーションZ」が世界の檜舞台に躍り出てきました。この世代に対して心掛けるべきコーチングはありますか。

TH エディーさんがイングランド代表チームでどうアプローチしているのか、とても興味深いです。

EJ 私は、この世代はチームという集合体に積極的にかかわろうとしていると考えています。それに合わせ、私も選手に対してプレッシャーをかける時と、引いて見守るバランスを重視して指導するようになりました。練習で何かを達成しようとするなら、最初の半分を指し示し、残りの半分は選手たちが自力で獲得するようにスタイルを変えています。

TH 20年前だったら、コーチがすべてを教え込むというスタイルでしたよね。

EJ その通りです。ミーティングはコーチが一方的に情報を伝える場ではなくなりました。選手たちを巻き込み、積極的に議論に加わらせるスキルも必要です。

――エディーさんは以前、ミーティングの前に選手たちに腕立て伏せをさせてから始めていましたよね。

EJ 血流がよくなり、ミーティングで積極的に発言するという研究結果があったからです。この20年間で私も年齢を重ね、よりよいコーチになるには情報を収集し、さらに努力を重ねる必要があります。そうでしょう、トム?

TH 今のエディーさんの話で印象的だったのは、コーチがすべてを決めないということですよ。私はオリンピックで、チームの「原則」だけを決め、試合中の判断は選手たちに委ねました。すると、原則を理解した12人は、私さえ驚くような創造的なプレーを見せてくれました。それが可能になったのは、練習でプレッシャーがかかる状況を作り、その状態をクリアしてきたからこそです。私はジェネレーションZを導くためには、すべてを与えるのではなく、コーチが全体像を示し、選手たちがパズルを完成させるというアプローチを採った方が効果的だと思います。

EJ 20年前、コーチの仕事のほとんどは先頭に立って選手を引っ張っていくことでした。それが今は、後押しすることに仕事が変わったと思います。トムが言ったように、原則、つまりフレームワークを示して、その余白は選手たちが埋めていく方が、この世代にはマッチしているのでしょう。

選手が内に秘める“悪魔”を解き放つ

――海外のコーチが日本人を指導する場合、日本人の受け身体質、消極性と向き合わなければなりません。おふたりのフレームワークを示すアプローチでは、日本人の積極性を引き出す必要がありますね。

TH チームの一員となるためには、自信を身につけ、アグレッシブにならなければなりません。選手たちは練習で自信を得れば自分の役割を知り、パズルのピースとして自負を持って仕事に当たるはずです。

EJ 私は日本人が消極的というか、言い方を変えれば謙虚なのは、教育の影響が強いと思います。ところが、日本人は信じられないほどの闘争心を発揮することがある。以前、読売ジャイアンツの原辰徳監督に話を聞いた時に、「日本人は心の中に悪魔が棲んでいて、時としてそれが表現される時があるんです」と話していました。もちろん、この場合の「悪魔」とはポジティブな意味で捉えてください。なるほど、と思いました。日本人は悪魔を表現することを抑えているのかもしれない。私は選手のなかの悪魔を見つけ、それを適切なタイミングで解き放つことがコーチの仕事だと理解したのです。

TH 最近は、特に若い選手たちにそうした強さが備わっていると感じますね。

EJ 日本にも変化の兆候があるのでしょう。トム、あなたは長く日本に住み、企業で働き、文化も理解をしている。私の場合、母が日本にゆかりがあり、あなたと同じように日本人女性と結婚しています。だからこそ、日本人のことをより深く理解するチャンスがあったとは思いませんか?

TH 私は結婚して26年になりますし、たしかに日本人女性のマインドセットを理解しやすい立場にはあったかもしれませんね。エディーさんの場合はどうですか?

EJ 私の妻は、私に日本人の考え方を理解することは大事だけれど、日本人になろうとする必要はないと言ってくれました。その発想は大いに私を助けてくれましたし、私が思うに、コーチの妻はベストコーチである場合が多いのです。

「私の仕事は選手と関係性を築くことから」

――おふたりは次のステージへのチャレンジを始めていますね。

TH 次の挑戦に対しては自信を持っています。ただし、ゴールは自ずと違ってきます。私はずっと女子のコーチングに携わっていましたし、日本女子は世界ランキングのトップ10の常連でしたが、男子は35位。女子と同じように金メダルを目標に掲げることには無理があります。私の仕事は、選手たちと関係性を築くことから始まります。それから一緒に練習し、時を過ごしていく。そこが出発点です。選手たちのチームへのコミットメントが高まってきたところで、ようやくバスケのディテールにこだわり始めることができるでしょう。何回か合宿を重ねることで、よりよいゴールが設定できるはずです。

――エディーさんは2年後にW杯フランス大会が控えていますが、イングランドは11月にトンガ、オーストラリア、南アフリカとのテストマッチが予定されています。

EJ イングランドの宿命として、すべての試合に勝つことが期待されていますから、常にプレッシャーはありますよ。W杯で頂点に立つために、アタックではより積極的な姿勢、マインドセットを植えつけていきます。そして組織の活性化のためにも、リーダーシップグループの再編は必要でしょうね。頂点を目指すからには、組織のダイナミズムが欠かせませんから。それにしても、トムが男子の代表を率いるのが本当に楽しみになりました。

TH それはうれしいです。今日は楽しかったし、今後もいろいろとコーチングについて語り合いましょう。

EJ 日本の選手は打てば響く。それが日本でコーチングすることの喜びです。その喜びを共有できるコーチと話せて、本当に楽しかった。

※初出:Sports Graphic Number1038号(2021年10月21日発売)『鬼コーチ対談 エディー・ジョーンズ×トム・ホーバス「日本人よ、“悪魔”を解き放て!」』より

関連記事

BACK 1 2 3 4
エディー・ジョーンズ
トム・ホーバス
東京五輪
オリンピック・パラリンピック
ラグビーワールドカップ

バスケットボールの前後の記事

ページトップ