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「気分はまだ“お兄さん”のまま」佐藤弘道55歳が明かす父の死、恋愛禁止、『おかあさんといっしょ』の舞台裏「もともとはあがり症なんです」 

text by

音部美穂

音部美穂Miho Otobe

PROFILE

photograph byShiro Miyake

posted2023/08/25 11:01

「気分はまだ“お兄さん”のまま」佐藤弘道55歳が明かす父の死、恋愛禁止、『おかあさんといっしょ』の舞台裏「もともとはあがり症なんです」<Number Web> photograph by Shiro Miyake

元・体操のお兄さんとして現在も体操指導などの活動を続ける佐藤弘道さん。「おかあさんといっしょ」初出演から、今年で30周年

「もうやめたい…」妻の前で泣いた日

――長年続けてきた中で「やめたい」と思ったことはありましたか?

弘道さん 始めて3年くらいたった頃かな。少し飽きちゃった時期がありました。歌のお兄さん、お姉さんは毎日違う歌をうたうけれど、僕は毎日同じ体操をするので、同じ日々の連続のように感じられてしまって。

 それを、先輩スタッフの方に打ち明けたら、「それは違うよ。弘道は毎日同じ体操をしているかもしれないけれど、子どもたちは毎日違う体操をやっているんだよ」って言われ、ハッとした。そこから意識が変わった気がしますね。

――一緒に番組を引っ張ってきた速水けんたろうさん、茂森あゆみさん、そして「身体表現のお姉さん」の松野ちかさんは、1999年4月に番組を卒業。弘道さんだけが残りました。

弘道さん この時は、少ししんどかったですね。新たなメンバーを引っ張っていくポジションなのだから頑張らないと、と思う一方で、それがうまくできずに空回りしてしまったり。

 ある日、妻の前で「もうできない、やめたい」って泣いてしまったんです。そうしたら、彼女に「やめたかったらやめればいいけど、続けることが大事なんじゃないの? やめるなんて簡単なんだから」って説得されて。それで、もう一度頑張ってみようと思えたんです。

――弘道さんご自身は、番組加入の翌年に結婚。息子さん2人が誕生しましたが、父親になってみて、仕事での子どもたちへの接し方も変わりましたか?

弘道さん すごく変わりましたよ。それまでも子どもは大好きだったし、かわいいと思っていたけれど、その頃の「かわいい」は薄っぺらかったなって思うぐらい「かわいい」のレベルが変わるんです。自分の子がかわいいから、他の子もかわいく思える。番組でも、子どもへの話しかけ方や目線の合わせ方もだいぶ変わりましたね。

「気分だけは永遠に“お兄さん”なんです(笑)」

――2005年に番組を卒業。12年は、その当時歴代2位の記録でした。その後、3年間「おかあさんといっしょ あそびだいすき!」という番組のMCも務め、「おかあさんといっしょ」としては計15年出演されたわけですが、卒業後、番組の影響力は感じましたか?

弘道さん すごく感じます。講演やイベントなどで全国各地に行きますが、どこに行っても「ひろみちお兄さん!」って声をかけてもらえるし、「おかあさんといっしょ」には、感謝しかないですね。

――今日着ているジャージには、「023」とプリントがありますが、これはもしや……。

弘道さん そう、「お・にい・さん」です! これは、自分でデザインした特注のジャージ。先日55歳になりましたが、気分だけは永遠に“お兄さん”なんです(笑)。

《笑顔で語る佐藤さんだが、実は高校時代には、体操競技を断念せざるを得ないほどの大ケガを負った過去があった。インタビュー第2回では、“体操のお兄さん”になるまでの知られざる生活について聞いた。つづく》

#2に続く
「死んじゃうんだな」部活中の大ケガ…佐藤弘道55歳が“ドクターストップ”を宣告された高校時代「おかあさんといっしょにも役立ちました」

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