北海道移転後、道産子ドライチ第1号となった伊藤は、新人離れしたマウンドさばきと多彩な変化球で、ファイターズ先発陣に欠かせない存在となった。

　札幌ドームの一室で対面した伊藤に、「髪の毛切ってほしい」という母の言葉を伝えると、「いつも言われます」と照れくさそうに笑った。

「でも、家を継げと言われたことは一度もないです。好きなことをやれと言われて育ちましたし、冬になると父の鼻水が凍っていて、自分にはできる仕事じゃないなと。昆布を庭先に干すのを手伝うくらいで」

現在は日本ハムの主力として活躍する伊藤　©JIJI PRESS

追いロジンの理由は「負けず嫌いもありますけど…」

　転機はやはり、不合格に終わったファイターズジュニアのセレクションだった。

「あれからぼくは、深く考えて野球に取り組むようになりました。函館東シニアは土日だけの活動なので、次の週末はこれで監督にアピールすると決めて、そのために必要なことをやるようになりました。大切なのは時間を効率よく使うこと。無駄なことをするくらいなら、寝ていたほうが上手くなると思うので。だからぼくは12球団の新人の中で、いちばん練習時間が短かったと思います。代わりに趣味の釣りやアルバイトもたくさんやりましたよ」

　周りに流されず、自分がいいと思うことをやる。なかなかできることではないが、いつも考えて動く習慣があるから、日韓戦でも浮足立つことがなかった。

「韓国戦のロジンも、やめろと言われてやめるなら、最初からやらなくていいじゃんと思って。負けず嫌いもありますけど」

　東京五輪の話題になると、伊藤は思わぬことを言い出した。

「母は不思議なほど前向きで、大学時代から“あなたは五輪に出るのよ”と口癖のように言っていました。大学生だから無理だよと笑っていたら大会が延期になり、辞退する人も出て“ほら、言ったでしょ”って」

　死ぬほど野球が好きな少年のそばには、いつでも息子を信じる温かでほがらかな両親がいた。親子が一緒に歩んだ道、その先に“追いロジン”の一球があった。