「本当は強い人たちがロープに飛ばし合っているだけなんだ。現に異種格闘技戦でも、プロレスラーが勝っているじゃないか」

　ところが1990年の夏、そんな中井がUWFと決別する決定的な出来事があった。同団体は横浜アリーナでの大会を、地方でもクローズドサーキット方式で観戦できるようにした。札幌の会場に設けられた大画面で、試合のライブ映像を目の当たりにした中井は愕然とした。

「なんだ、これは……？　まったく真剣勝負じゃない……」

　真剣と思いたい気持ちもあったし、守りたいという思いもあった。それでも、毎日とことん寝技を追求する者として、キャメルクラッチで決まる真剣勝負はありえない。講義への出席もそこそこに、大学の道場で週6日稽古し続けることで、中井のバックボーンは完全に七帝柔道になっていた。

「相手の攻撃を“亀の状態”で守っている俺たちは、仮に殴られてもキャメルクラッチは食らわない」

　中井の疑問を氷解させるように、UWFの裏側について詳細に綴る媒体も出てきた。

「○○と△△の試合も関節技が決まっているけど、あれはわざと逃している、というようなことが全部書いてあった。『やっぱりそうだよな』と納得すると同時に、ザーッといやな汗が出た記憶があります」

右目を失明しながらヒクソンと戦った伝説の『VTJ』

　中井の出世試合といえば、1995年4月20日に日本武道館で行なわれた『VALE TUDO JAPAN OPEN 1995』だろう。1回戦は、身長196cmの巨漢ジェラルド・ゴルドーにヒールホールドで一本勝ち。続く準決勝もアメリカのプロレスラー（クレイグ・ピットマン）から腕ひしぎ十字固めで勝利を収め、決勝ではヒクソン・グレイシーと激闘を繰り広げた。

　しかし本来は中量級の中井が無差別級で闘うダメージは大きく、ゴルドーの反則攻撃によって右目の視力を失った。この大会は中井の出世試合であるとともに、プロシューターとしてのラストファイトでもあった。

中井祐樹vsジェラルド・ゴルドー。圧倒的な体格差に加え、サミングで右目を失明しながらも、ヒールホールドで一本勝ちを収めた　©Susumu Nagao

　実はこの4年前にも、中井は日本武道館で闘っている。3年生のときに北海道代表として『正力松太郎杯 全日本学生柔道体重別選手権』（現在の全日本学生柔道体重別選手権）に出場していたのだ。

「北海道予選では、一緒に出た主将がまさかのイチコケ（初戦敗退）してしまったけど、僕は5連続1本勝ちくらいで決勝まで進出してしまいました」

　立ち技中心で「待て」がかかる通常の“講道館ルール”だっただけに、無欲の準優勝だった。しかも前年度までは優勝者だけが全国大会出場の切符を掴んでいたので、中井もそう思い込んでいたが、その大会から準優勝者も出場資格を得られるというチャンスに恵まれた。中井は「そういう大事なことも知らないで出ていた」と照れながら頭をかく。

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