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32時間の難産、骨折も…元なでしこ岩清水梓(35)が明かす壮絶な“復帰”までの道のり「自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したい」 

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佐野美樹

佐野美樹Miki Sano

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posted2022/03/17 11:04

32時間の難産、骨折も…元なでしこ岩清水梓(35)が明かす壮絶な“復帰”までの道のり「自分で産んだ子ですもん、一緒に入場したい」<Number Web> photograph by Miki Sano

長かった復帰までの道のりを振り返った岩清水梓(35歳)。母として、2歳になった息子を抱えてピッチに入場した

 チームメイトがフィジカルトレーニングに励む隣で、日に日にお腹が大きくなる岩清水は、一人別メニューをこなした。時折、後輩たちがお腹を触りに来ては、笑顔が広がる。それは女性アスリートならではの、新しく、美しい光景と言えるだろう。

 出産は、32時間もかかる難産だった。岩清水がその瞬間を、つい先日のことのように振り返る。

「帝王切開をすると、腹筋を切ってしまうので、復帰に時間がかかってしまうと思って、自然分娩を選びました。ただ、まさかあそこまで大変なことになるとは思っていなくて。陣痛が来ても全然子宮口が開かなくて……自分の中では最後無理やり産んだ感じでした」

 恐らくその時の激しさが、「のちの体に影響してしまった」と岩清水は明かす。

 図らずもその後はコロナ禍となり、産後の行動がかなり制限されてしまう。そのため復帰に向けて予定していたトレーニングのスタートも若干遅れることとなった。それでも半年後くらいには、ある程度戦線に復帰できていると目論んでいた。

「自分はアスリートだという自負もありましたし、やればそれなりに体は戻るとは思っていました」

 しかし実際は違った。トレーニングを再開するためクラブハウスに足を運ぶと、体力の無さに愕然としたのだった。

「こんなに体がリセットされてしまったんだ、こんなに大変なんだって……正直ちょっと信じられなかったですね。アスリートじゃなくても軽く走ったりできるのに、それすらもできない。ショックでした」

 側で見ていた竹中も、あまりの衰えに驚きを隠せなかったと言う。

「本当に、私よりも体力が落ちていました。そもそも腹筋を使って体を起こすことができないぐらいでしたから。チームドクターとは、半年で試合に出るのは無理だったとしても、病気ではないから全体練習に参加できるくらいには戻れるかな、と話していたんです。でも、復帰直後の岩清水を見て、そんなに簡単なものじゃないという現実を突きつけられた感じでした」

恥骨骨折も発覚「とにかく焦らせないように」

 原因の一つに、出産時に患ったとされる恥骨骨折があった。実はトレーニングを始めてからずっと痛みを訴えていて、念のためレントゲンを撮ると、骨折が判明したのだと、岩清水が教えてくれた。

「その恥骨痛が長かったのもあって、リハビリとしては進みが遅かったですね。それに加えて産後ならではのマイナートラブルもあって、なかなか思うようにはいきませんでした」

 少しでも早く復帰したいと思う岩清水の気持ちを理解しつつも、無理はさせないでおこうと、クラブは判断していた。竹中が明かす。

「とにかく彼女を焦らせないようにしようと、トレーナーとも話していました。やはりチームとして一番怖いのは、無理して強度を上げていった結果、怪我をしてまた半年棒に振るようなことでした。もう1回リハビリするようなことは、どうしてもさせたくなかった。そうなればきっと、彼女の心が折れるだろうな、と。せっかくだったら本当にプレーできる状態で戻って来てもらいたい。だからチーム全体で焦るな、焦るな、って方向に向かっていった気がします」

 そのサポートは岩清水にとっても心強かったという。

「トレーナーもすごく寄り添ってくれました。だからあとは自分の気持ち次第というか。トレーニングをもっとやりたい自分と、できない自分をコントロールするだけでした」

出産から約8カ月後に練習復帰

 アスリートの体に戻すメニューは地味なものばかりだった。加えて、卒乳するまでなかなか体重が落ちなかった。そのため、栄養士にサポートしてもらいながら、選手の体に戻すためのカロリーコントロールを行うなど、すべてが自制心との戦いだった。

 それでも次第にグラウンドでのメニューも増えていき、少しずつできることも増えていった。走れるようになり、ボールも蹴れるようになり、ようやくチームの全体練習に参加できたのは2020年10月末。出産から約8カ月が経過していた。

「最初にチームに合流した時は、嬉しかったのはもちろんありましたけど、すごく凹みましたね。こんなにできなくなっているんだ、こんなに対応できないんだって。それで一回落ち込んで、今の自分を受け入れるところからスタートしました」

 岩清水はシーズン中の復帰を思い描いていたが、それが叶いそうにないことも自覚していた。ここは焦らず、シーズンオフを経て、次のシーズン開幕に間に合えばいい……と思っていたが、ここでイレギュラーが重なった。

 通例なら、年始からのオフを終えると春にシーズンが開幕する。しかし、WEリーグがスタートする翌シーズンは、秋春制のため開幕は9月までずれ込み、公式戦復帰はしばらくお預けとなったのだった。

「だいぶ長く感じましたけど、それなら流石に開幕には間に合うかもしれないと思いましたし、待ち遠しかったですね」

【次ページ】 リーグ開幕直前にまさかの大ケガ

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岩清水梓
日テレ・東京ヴェルディベレーザ

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