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「なぜ“トヨタの車作り”で出来ることが、バスケで出来ないのか?」外国人“鬼コーチが語る日本人を指導する原点 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byNaoya Sanuki/JMPA

posted2022/01/06 11:12

「なぜ“トヨタの車作り”で出来ることが、バスケで出来ないのか?」外国人“鬼コーチが語る日本人を指導する原点<Number Web> photograph by Naoya Sanuki/JMPA

NBAウォリアーズのスタイルをヒントに、日本バスケ初の五輪メダル獲得に貢献したトム・ホーバス

エディー トムの言うように、現代のコーチは数値に基づいたゲームモデルを提示する必要があります。そのプランを実現するために、フィットネス、ストレングスを強化し、工夫した練習メニューに落とし込む。ラグビーとバスケットの共通点は、20cmほどの身長差があるならば、それは試合においては決定的な差になりかねず、そこを克服するには、ディテールにこだわって準備を重ねていくしかないということです。

トム エディーさんの言う通りですよ。ディテールこそがすべて。1990年代、私はトヨタ自動車で国際マーケティンググループの仕事に就いていました。とても印象的だったのは、トヨタの車作りというものが、徹底的にディテールにこだわっていたことです。ドアを閉めた時の音を最小限にする技術や、ハンドルを握った時の感触など、細部にとことんこだわる。これは素晴らしいと思いました。

エディー それこそ日本の産業の特色でしょう。

トム ところが、先ほども言った通り、バスケットボールとなるとディテールが消え去っていたのです。コーチングが未発達だったんですよ。適切なコーチングさえあれば、日本は世界と戦えることが証明できたことも、私としてはうれしかった。

エディー 日本人をコーチングする喜びは、まさにそこにあります。隠された能力を引き出し、勝負できるディテールにこだわったツールを与えれば、日本人は世界の舞台で十分に戦えるのです。

主力2人の負傷「たしかに、ピンチでした」

 東京オリンピックに向けて、女子日本代表への期待はそれほど高まらなかった。なぜなら、2019年のアジアカップのMVPである司令塔の本橋菜子、長らく日本代表の顔としてチームをけん引してきた渡嘉敷来夢のふたりが2020年の暮れに大怪我を負い、出場が危ぶまれたからだ。

 しかし、主力2人の故障はヘッドコーチに新たな発見をもたらした。

トム たしかに、ピンチでした。2020年の11月に本橋が膝の靱帯を損傷し、今度は12月に日本代表で唯一の190cm以上のプレーヤーだった渡嘉敷が靱帯を断裂してしまいました。これは本当に痛手でした。本橋はオリンピックまでには戦列に復帰できる見込みでしたが、それでも本来の75%ほどの力だろうと。そして渡嘉敷の負傷によって、ディフェンス・システムの変更を余儀なくされました。渡嘉敷がいなくなれば、ゴールに近いペイントエリア(注:3秒ルールが適応されるエリア)を守る選手がいなくなってしまったからです。

エディー そうなると、ディフェンス面でも積極策を採らざるを得なくなったのではないですか?

トム その通りです。仕掛けが必要になりました。相手が日本の弱点であるペイントエリアにボールを運ぶ前に、トラップを仕掛けるなどして、相手オフェンスのリズムを狂わせることにしたのです。これが功を奏しました。チームが渡嘉敷の穴をスピード、そして1対1の局面でも相手に負けないようにしつこいディフェンスを徹底しました。渡嘉敷の不在をチームワークで埋めることが可能になったのは、私にとって驚きであり、選手たちの新しい能力を発見し、目を見開かされる思いでした。おそらく、彼女が戦列に復帰したとしても、新しいシステムに適応しなければならなかったと思います。

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