濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
“元アイドル対決”で「全部さらけ出す」 中野たむが“白いベルト”をかけた上谷沙弥戦で“ビンタ合戦”に込めた思い
posted2021/07/13 17:01
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Essei Hara
「私......ブスですか?」
試合後のインタビュースペースでそんなことを言い出すのは中野たむくらいだろう。何度か取材陣に聞いているのを見た(し、聞かれた)。そして彼女は「いや、可愛いですよ」という答えを聞いて安心したように笑顔を見せるのだ。
7月4日のスターダム横浜武道館大会では「宇宙一かわいい顔がパンパンに......」と嘆いていた。何を気にしているのかといえば、頬のあたりの腫れだ。たむは試合の中で顔面への張り手を多用する。張ったら張り返されて、つまり“ビンタの応酬”になる。試合後は顔が赤く腫れている。それで自分が「ブス」かどうかが気になるわけだ。アイドル出身で“宇宙一かわいい”を標榜するからには、そこが非常に大事なポイントなのである。
「上谷にとっても私が特別な存在でありたい」
横浜武道館のリングで、保持する“白いベルト”ワンダー・オブ・スターダム王座をかけて向かい合ったのは上谷沙弥。特別な思い入れのある後輩だった。
「一緒に歌って踊ったことがあるレスラーなんて上谷だけですから。私にとって上谷は特別な存在。上谷にとっても私が特別な存在でありたい」
上谷も元アイドル。「バイトAKB」という企画のメンバーだったこともある。ダンサーとしてはEXILEのバックで踊った。しかしアイドルとしてもダンサーとしても大成はできず。チャンスを求めて加入したのが、スターダムが手がけるアイドルグループ「スターダム★アイドルズ」だ。たむはそのメンバー兼GMだった。上谷はあくまでアイドルを目指して参加したのだが、長身かつ抜群の運動神経もあり、プロレスに誘われた。
だから上谷はたむを「師匠」だと言う。6月にシンデレラトーナメント優勝を果たすと、白いベルトに挑戦表明。「師匠超え」を宣言した。
「私は自分のこと師匠なんて思ってないし、上谷のことも弟子だと思ってないです。同じ目線で頑張ってきたんですよ」
上谷の言葉について聞くと、たむは苦笑した。ただ「上谷には負い目もあるんです」と言う。
「アイドルになりたくて来た子をプロレスラーにさせちゃったんです、私が。練習がしんどくて毎日泣いて、プロテストでも泣いてて。なんでこんな思いさせちゃったんだろうって。だからシンデレラトーナメントで優勝した時に『プロレスに出会ったのは運命』と言ってくれて、私も救われたんです」
“汚い感情”と向き合って巻くのが「呪いのベルト」
まだデビュー2年足らずだが、上谷は目覚ましい活躍を見せている。新人王に輝くと日本武道館大会で林下詩美の“赤いベルト”ワールド・オブ・スターダムに挑戦。新日本プロレスの東京ドーム大会におけるスターダム提供試合では、難易度の高い飛び技フェニックス・スプラッシュを見事に決めて話題をさらった。
キャッチフレーズは“未来のスターダム”。上谷にとって白いベルトへの挑戦は、“未来”を現在にするための闘いでもあった。挑戦を受けるたむも、上谷はトップを取る人間だと考えていた。彼女はいずれ私を追い抜いていくだろう、と。
でも、それは今ではないのだとたむは言った。