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18歳とは思えない「ズドーン!」ドラ1山下舜平大の究極の理想は大谷翔平の165キロとモイネロのカーブ

posted2021/02/02 17:03

 
18歳とは思えない「ズドーン!」ドラ1山下舜平大の究極の理想は大谷翔平の165キロとモイネロのカーブ<Number Web> photograph by ORIX BUFFALOES

オリックスの大きな期待を背負うドラフト1位ルーキー山下舜平大。背番号は「12」

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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ORIX BUFFALOES

 1月に行われた新人合同自主トレ。オリックスのルーキーは育成選手も含め12人いるが、遠目から見てもドラフト1位右腕・山下舜平大の姿はすぐに目に留まった。

 身長189cm体重93kgという体格と能力に恵まれた山下が、野球に引き寄せられたことは野球界にとってラッキーだった。

 幼稚園の頃はサッカーをしていて、小学校入学後は水泳を習った。野球を始めたのは小学3年生の時。福岡県出身の山下は、幼い頃からソフトバンクの試合を球場やテレビでよく見ていたが、強く印象に残ったのは、当時日本ハムに所属していたダルビッシュ有(パドレス)だったという。

「親が『あー、今日は相手がダルビッシュかー。手強いなー』みたいな話をしていたり、ダルビッシュさんの名前がよく出ていたのを覚えています。すごく日本に影響を与えている選手なんだなと感じていました。その頃に自分も野球をしたいなと思って、始めました」

まっすぐをしっかり投げろ

 福岡大附属大濠高校での3年間は、ストレートとカーブしか投げなかったことはすでによく知られている。その2球種だけで貫いたことについて聞くと――。

「貫いたというよりも、極めました」

 どちらかというと控え目な印象だった山下がそう言い切ったので、少々驚いた。

 きっかけは、高校1年の夏だった。夏の福岡県大会で敗退した後、新チームとなって最初の練習試合で、山下が登板し、打たれた。

 当時はストレート、カーブだけでなく、スライダーやチェンジアップも投げていた。「その時に八木(啓伸)監督に怒られたんですよ」と山下は振り返る。

「『何を打たれたんだ?』と聞かれて、確かチェンジアップかスライダーって答えたんです。そうしたら、『まっすぐで打たれるのはしゃーない。でも高校1年の段階で、チェンジアップなどに頼って投げていたら、そこまでの選手や。打たれてもいいから、まっすぐをしっかり投げろ』という感じで言われました」

 まずはストレートをしっかり磨けということだ。

「ただ変化球も1個は必要なので。その時に、小さい変化ではなくて、まあ人それぞれ考え方は違うと思うんですけど、僕は変化球の王道というか、基礎というか、それはカーブだと思うし、自分の投げ方にもカーブがマッチしていたので、変化球はカーブだけ、というかたちになりました」

【次ページ】 周囲が驚く山下の「エンジン」

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