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植村直己、星野道夫と“同じ”43歳で遭難…「引退」した世界的登山家は“山のない日々”をどう過ごすのか 

text by

中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byMasatoshi Kuriaki

posted2021/01/30 17:06

植村直己、星野道夫と“同じ”43歳で遭難…「引退」した世界的登山家は“山のない日々”をどう過ごすのか<Number Web> photograph by Masatoshi Kuriaki

1997年のデナリ(マッキンリー)で栗秋が自身で撮影した写真

栗秋 ここ2、3年は感じますね。最近は近いものは眼鏡を外した方がよく見えるようになってきましたし、あとは、尾籠な話で恐縮ですが、小便のキレが悪くなってきました……。ロニーはどうしてるのかな。アラスカの冬山は簡単に零下30度、40度くらいは行きますからね。行動中、相当水分を取るので、すぐ用を足したくなる。でも、その寒さの中で、速やかに用を足せないというのは、大げさな話ではなく、命とりになりかねない。老化でいちばん気になったのは、じつは、そこなんです。

――アラスカに縁が深かった冒険家の植村直己さん、写真家の星野道夫さんは、43歳で命を落としている。そして、今回、栗秋さんも43歳で人生初の遭難を経験しました。偶然にしては少し怖くなる一致ですよね。

栗秋 登山家で言うと、長谷川恒男さん(世界初のアルプス三大北壁冬季単独登頂者)、ピオレドールを獲った女性登山家の谷口けいさんも、43歳で亡くなっています。あと、愛媛の冒険家、河野兵市さんも43歳で命を落としているんです。

長女「お父さん、死んだ!」

――人の一生の中で、そのあたりの年齢は、体力的にも、精神的にも、何か変化が現れる年なのかもしれませんね。

栗秋 帰って来てすぐ、長女の蒼子(当時、小学3年生)に「次いったら死ぬよ」って言われたんです。あれもビックリしましたね。蒼子は、私が一度、雪洞の中で一酸化炭素中毒で死にかけたとき、家で「お父さん、死んだ!」って母親に言ったことがあるんです。後でその話を聞いて、気を失ったタイミングと一緒だったので、ドキリとしました。

――ならば、単純に、お父さんに行って欲しくないからそう言ったということではなく、何か感じるものがあったのかもしれませんね。

栗秋 いや、常々、娘には言われてはいたんですよ。「お父さんが長く留守にすると、お母さんが怖くなるから困る」と。うちは妻が大学教員で、家のことは私がほとんどやっているので。子どもも、お腹が空いたら、僕に言ってきますよ。お握りちょーだい、焼きそばつくって、って。

――その栗秋さんがいなくなったら、奥様は、働きながら、家のことも全部、やらなければいけないわけですからね。

栗秋 なので、そこは娘たちには切実な問題だったようです。だから、行かないで、とはいつも言われていたんです。せっかくのいい話が台無しですけど。

「ピアノを弾いていると、気持ちがアラスカに飛ぶ」

――先ほど、ピアノの腕前を披露していただきましたが、あんなに上手いとは。正直、びっくりしました。

【次ページ】 「もう命を削る登山はいいかな」

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栗秋正寿

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