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中国大返しを伝説にした情報戦と
「足軽=トレイルランナー」説。

posted2020/07/19 20:05

 
中国大返しを伝説にした情報戦と「足軽=トレイルランナー」説。<Number Web> photograph by AFLO

月岡芳年の「山崎大合戦之図」。この戦場に秀吉軍がたどり着いたのには、膨大な準備があったのかもしれない。

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山田洋

山田洋Hiroshi Yamada

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AFLO

「中国大返しは“戦国の奇跡”ではなく、必然である」
 羽柴秀吉による用意周到な組織マネージメントとロジスティックシステムの構築から「中国大返し」がなぜ可能だったのかを「御座所」という観点から紐解いた前編。引き続き、新説を唱えた奈良大学教授で城郭考古学を専門とする千田嘉博教授に話をきいた。

「前回、信長を接待するために秀吉が事前に整えていた『御座所システム』が、トレイルランニングのエイドステーションのように機能し、中国大返しをなし得た話をしましたが、その御座所システムが別の観点からも有効だったと私は考えています。それが情報戦です」

「本能寺の変に関連して、ひとつの素朴な疑問が浮かびます。なぜ秀吉だけが誰よりも早く『信長死す』の一報を手にすることができたのか? という点です。柴田勝家がその情報を手にしたのは1週間後だったと言われ、他の武将たちも3日後という事例がザラにある。でも、岡山にいた秀吉は、本能寺の変の翌日には情報をキャッチしているんです」

 この情報伝達の速さは、いわゆる“秀吉黒幕説”を生むきっかけにもなっている。だが、いつの時代も情報を制するものが勝つと言われるように、信長のために作った『御座所システム』が副産物を生んだ。

「これは結果論なのか、秀吉の計算なのかは分かりませんが、秀吉は御座所システムを整備したことで、情報ネットワークを確立します。京都から大阪まで、大阪から兵庫まで、兵庫から姫路まで、そして姫路から岡山まで。そんな駅伝のような中継伝達システムができていたからこそ、誰よりも早く情報を入手できたのだと思われます」

情報の入手と攪乱の両方に役立った。

 現代のトレイルランニングでも、コース上に点在するエイドステーションに集まった情報は瞬時に本部に伝わる。

 例えば、トップランナーがエイドに到着した時刻、出発した時刻、そして後続との差といった各種のタイムは瞬時に更新され、遠隔でLIVEで確認することができる。しかも、それが写真や動画とともにファンにもリアルタイムで公開されるのが一般的だ。

 千田教授は、秀吉はこの情報ネットワークで最新情報を得ただけでなく、その網を逆利用して情報戦を仕掛けたと考えている。

「中国大返しを迅速に成し遂げるために、秀吉はデマを流したんです。ある人には『信長は生きている』と虚言を流して動きを牽制し、ある人には『秀吉と光秀とどっちにつくのか』と脅すなど、正しい情報を知っているものの強みを最大限活用して撹乱作戦を始めます。迅速な中国大返しを成しとげるには、邪魔が入って欲しくありませんし、なるべく多くの武将に味方についてほしかったですからね」

【次ページ】 鎧兜を着て230kmは走れない。

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