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トーレスとイニエスタ、最後の抱擁。
語られなかった2人だけの2秒間。 

text by

原壮史

原壮史Masashi Hara

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photograph byMasashi Hara

posted2020/06/22 07:00

トーレスとイニエスタ、最後の抱擁。語られなかった2人だけの2秒間。<Number Web> photograph by Masashi Hara

カメラマンが去り2人だけになり、戦友と現役最後の抱擁を交わすイニエスタの表情から笑顔は消えていた。

最後の、2人だけの、たった2秒間。

 デジタルカメラは、撮影した写真をすぐにモニターで見ることができる。撮影ポジションについた私は、たった今撮った写真を確認した。やはりイニエスタは微妙な表情だった。

 せっかく粘り勝ちをしたと思ったが、これではその前の整列時の笑顔のものの方が良いかもしれない、最初はそう思った。

 しかし次第に、これこそが本当の表情なのではないかという気持ちが強くなった。

 おそらく彼らはたった一言ずつしか発していなかった。

 この抱擁が終われば、それぞれのチームの円陣に加わり、試合が始まる。アンダー世代からスペイン代表で共に戦い、クラブでは何度もぶつかり合った2人にとって、同じピッチで本気で戦う最後の90分だ。

 ヴィッセル神戸の魔法使いが発したのは「最後だな」なのか「勝つからな」なのか、はたまた2人の間で通じる昔からの決まり文句があるのか。

 神の子の笑顔は、今を噛みしめているのか、昔を懐かしんでいるのか、はたまた思わぬ一言に漏れたものなのか。

 子供もいない、最後の戦いの直前の2人だけの時間。キャプテンでも大物助っ人でもなく、ほんの一瞬、わずか2秒の彼らにしかわからないプライベートな時間。

 もしかしたら、走馬灯というものを見るのはああいう時なのだろうか。

 私は、神戸が鳥栖を圧倒する姿をファインダー越しに逆サイドから見ながら、そんな答えが出るはずのないことを考えていた。

あの瞬間のやり取りは明かされていない。

 この日、イニエスタはバルセロナ時代を彷彿とさせるスーパープレーを連発した。3点目に繋がるダイレクトロングパスは、この試合のみならず、Jリーグの歴史の中でも名場面として語り継がれるだろう。前半終了間際に負傷し、そのまま交代することになってしまったが、盟友への惜別は十分すぎるほどプレーに表れていた。

 試合後「後悔は?」という記者の質問に対しトーレスは「何ひとつない」とキッパリ答えた。6月23日に東京で引退会見をした時も「自分がやってきたことを誇りに思う」と口にしており、あの穏やかな表情はそれらが本心であることを意味している。

 結局、この試合のニュースでは、試合後にダビド・ビジャを加えたスリーショットが実現したことで、どこもかしこもそれ一色になった。

 あの時2人の間にどんなやり取りがあったのかは明かされていない。

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