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2000年代プレミア回顧。ベンゲル、
モウにファギー、3名将の天下争い。 

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粕谷秀樹

粕谷秀樹Hideki Kasuya

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photograph byGetty Images

posted2020/05/20 11:30

2000年代プレミア回顧。ベンゲル、モウにファギー、3名将の天下争い。<Number Web> photograph by Getty Images

アーセナル、チェルシーともに当時最先端の戦術を用いた好チームだった。それでもマンチェスター・ユナイテッドは王者の風格を見せた。

トゥーレ獲得から伝説の無敗優勝。

「コロ・トゥーレか……」

 アーセナルのサポーターたちは落胆しただろう。新スタジアムの建設で出費がかさみ、補強費にツケがまわった。キャンベルのパートナーは前シーズンまで主に右サイドバックとして起用されていたトゥーレ以外、ベンゲル監督には選択肢がなかったのである。

 だが、苦肉の一策は奏功した。

 トゥーレはキャンベルのパートナーをそつなくこなした。

 欠場はわずか1試合。天性の運動能力を武器に、危険なエリアを問題なくカバーしていた。また、パトリック・ビエラ、ジウベルト・シウバ、エドゥーのMF陣がピンチの芽を未然に摘み、最終ラインの負担を軽減していたことも大きかった。失点は前シーズンの「42」から「26」に減った。

 守りが安定したのだから、攻撃陣は後顧の憂いなく本能をむき出せる。ベルカンプは勝負どころで多くのチャンスを演出し、ピレスは14得点10アシスト。アンリは圧巻だった。30得点9アシストを記録し、プロ選手協会と記者協会のダブルMVPを受賞。まさしく八面六臂である。

 こうしてアーセナルは26勝12分。リーグ史上初となる無敗優勝を成し遂げ、その名を全世界に知らしめた。

そして現れた、モウリーニョ。

 当時のユナイテッドは、ロイ・キーンが内部批判を繰り返し、ルート・ファンニステルローイとファーガソンの確執が表面化。流れは変わった。今後、プレミアリーグの盟主はアーセナルとなる。誰もが信じていたのだが……。

「スペシャルワンと呼んでくれないか」

 ベンゲルとアーセナルの行く手を阻んだポルトガル人の野心家は、監督就任会見でこう言った。

 そう、ジョゼ・モウリーニョがチェルシーにやって来たのだ。

 前シーズン、FCポルトをチャンピオンズリーグ優勝に導き、その無遠慮な言い草と端正な外見との反比例が反感と人気を呼んでいたが、就任会見のひと言はインパクト特大だった。

 しかも、ベンゲルを「失敗のスペシャリスト」「覗き魔(モウリーニョの守備的な戦術を何度となく批判したため)」と呼び、アーセナルのすべてを敵にまわした。

【次ページ】 シーズン失点15という恐るべき堅守。

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