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スポーツの「翻訳」っていったい何?
今、話題の学者・伊藤亜紗の新研究。

posted2020/05/18 07:00

 
スポーツの「翻訳」っていったい何?今、話題の学者・伊藤亜紗の新研究。<Number Web> photograph by Kaori Nishida

この絡まったアルファベットがフェンシングの本質である、と言われたらどう思うだろうか。

text by

宮田文久

宮田文久Fumihisa Miyata

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photograph by

Kaori Nishida

 パッと見では、「スポーツの『翻訳』? 本当にこれが……?」と驚くかもしれない。東京工業大学とNTTによる共同研究プロジェクト「見えないスポーツ図鑑」のことだ。彼らは私たちに、そして彼ら自身に問いかける。当たり前のようにスポーツを「観戦」するとき、本当にそのパフォーマンスの本質を理解できているのか。言語的なコミュニケーションに頼らず、目の見えない人ともその競技の本質を伝え合うことができるのか、と。

 たとえば、フェンシング。目にも留まらぬ速度でやりとりされる剣さばきだが、そこには明らかにお互いの狙いがある。相手の狙いを阻み、自らの狙いを達成すべく争う競技、その駆け引きの本質の一端を、本研究では100円ショップで売っているような“C”と“H”のアルファベットの木片で表現した。

 引っかかった状態の木片を1つずつ握り、片方は解こうとし、もう片方は解かせまいとする。そこで重要になるのは視覚ではなく触覚。しかも選手それぞれに得意技があるように、木片の形によって“狙い”も異なってくる――。

 渡邊淳司、林阿希子ら研究者が所属するプロジェクトの中心メンバーである美学者・伊藤亜紗(東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長・同大学リベラルアーツ研究教育院准教授)へ行った全2回のインタビューから見えてくるのは、スポーツの、未だ見えざる魅力だ。

「わからないなりにわかる」ということ。

――今日は『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『どもる体』といった著作で話題の伊藤さんによる、スポーツ研究プロジェクトについて改めて伺えればと思っています(聞き手は研究成果をまとめたウェブサイトの編集担当)。

「いいんでしょうか、私のような運動神経がいたって鈍い人間が、こんなスポーツメディアの本丸のようなところに出させていただくなんて……まったく縁がないと思っていたので(笑)」

――いえいえ(笑)。「見えないスポーツ図鑑」では、フェンシングは千田健太氏、体操なら水島宏一氏、テニスは遠藤愛氏といったオリンピアンも含む元アスリート、大学などの研究者の方々をゲストとして招き、身の回りに溢れる道具を使ってあれこれ悩みながら、各競技の本質を翻訳してきました。このプロジェクトを始めるにあたって、伊藤さんはどんなご関心があったのでしょうか。

「私たちは、たまたま与えられた条件である自分の身体を生きていて、痛みの共有が難しいように、基本的には自分の身体しか経験できないですよね。でも、そうしたほとんど共有できないものを人に伝える、ということにすごく興味があるんです。

 言葉を使う場合でも、『わからないなりにわかるメタファー』ってありますよね。たとえば小学生の息子は『腹黒い』という言葉の意味を、『すごく空腹である』状態だと解釈したそうなんです。お腹が真っ暗闇の空洞になるほどに空腹だ、というメタファーですね。彼は食べ盛りだから、すごくリアルな体感だと思うんです(笑)」

――なるほど(笑)、たしかに不思議と伝わってきますね。

【次ページ】 見えていても、全然伝えられない。

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