デカい奴にアイドルは無理だ、と。

　最後のオリンピックは9位だった。

　振り返ってみれば、3度の五輪でメダルをかけた戦いができたのは、ほぼ記憶を失ったソウルでのあの2試合だけだった。

　あの日、ハサミと錐を手にした山田の言葉通り、チャンスは一度きりだった。

　では、どうすれば良かったのか。

　大林にはあれ以上、何ができただろうか。

　オリンピックから戻ってくるたび、「よく頑張ったじゃないか」と声を掛けてくれる人もいたという。つまり、オリンピックはメダルだけではない、という言葉だ。

　ただ、それを問うと大林はとても冷めた眼をした。顔のパーツが笑みを形づくっているだけで、眼の奥は笑っていない。

「そういう言葉を私は信じません。結果がすべてですから。誰に褒められようが、どれだけ褒められようが力にはなりませんでした。負けは負けなので。背が高くて素敵ですね、と言われてもどこがいいんだと思います。私、小さいときにいじめに遭ってまして、背が大きいということで『デカ林』『ウドの大木』と言われ続けたんです。歌手になるのが夢だったんですが、そんなデカい奴にアイドルは無理だと言われて……。不登校になったことも、3回くらい本当に死のうと思ったこともありました」

　どこまでも峻厳な眼だった。彼女が着ているパステルカラーとはまるで対照的な灰色の現実主義が胸の奥に横たわっている。

バレーしか生きる場所がなかった。

　母子家庭で、ダンス教室の講師だった母親は家にほとんどいなかった。団地のベランダの手すりに幾度か足をかけた少女は苦悩の中、テレビアニメ『アタックNo.1』を見て、ひと筋、生きていける道をみつけた。

「バレーしか生きていく場所がなかったですから。挫けてやめたら、またいじめられるという怖さがあったので、いくら苦しくたって選択肢はありませんでした。オリンピックに出て、いじめた奴を見返してやるという復讐心だけでしたから」

　なぜこの身体に生まれたのか。なぜ全てを捧げたソウルで勝てなかったのか。

　いくら問うても答えはでない。

　大林というバレーボール選手は、そうした、どうすることもできない現実に対して諦めや幻想へと逃げず、時代を恨まず、デカい自分を慰めることも、メダルのない自分を肯定することもせず、劣等感の上からスパイクを叩き込んできた。

【次ページ】　彼女の「もし」は湿っていない。