巨人が巨人でなくなる。

　ただ、その裏側にある敗北の重さ、巨人が敗れることの怖さを知る者は、あまりいない。ましてや前年にはリーグ優勝しながらクライマックスシリーズで阪神に苦杯を嘗めさせられ、そしてこの年はリーグ優勝を逃している。案の定、夏場過ぎから原辰徳監督の去就が取りざたされて、チーム周辺には不穏な空気が流れる中での戦いだったのだ。

　もしまた敗れれば、巨人が巨人でなくなるということなのだ。

「負けたら大変なことになる」

　他の選手が何となく淡々と、いつも通りのバッティングでアウトを積み重ねていく中で、危機感を露わにした阿部が、鬼気迫る形相でヒットを打ち続けた。勝つ喜び以上に敗れる怖さこそが、巨人の宿痾なのだ。そしてその宿痾を理解する阿部慎之助という選手こそ、巨人のレジェンドを引き継ぐ資格があると強烈に思った。

唐突な引退劇だった。

　その阿部が引退を決断した。

「突然だったので皆さんをビックリさせて申し訳ありません」

　今季限りでユニフォームを脱ぐことを決め、9月25日に都内のホテルで引退会見に臨んだ。

　40歳。その年齢からも、近いうちにユニフォームを脱ぐ日がやってくることは誰もが予想していたはずである。ただ、まさかその日がこんなに早くやってくるとは思いもしなかったはずでもある。ファンもまだそれを受け入れる準備ができていなかっただろう。

　それほど唐突な引退劇だった。

「神宮の初戦に監督と話す機会があって、思っていることがお互い一致した。そこで決まりました」

【次ページ】　「納得できたという言葉を使った」