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イチローが語る唯一無二の天才論と、
「鈴木一朗」と「イチロー」の距離。

posted2019/08/31 11:30

 
イチローが語る唯一無二の天才論と、「鈴木一朗」と「イチロー」の距離。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

イチローは2001年の渡米直前、「天才(と自分を)言うな!」と話していた時期があった。

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph by

Naoya Sanuki

 2000年の渡米前から、2019年春の引退直後のロングインタビューまで。
 この20年で100時間以上、イチローとの1対1のインタビューに臨んできたスポーツライター・石田雄太さんの集大成『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000-2019』が現在発売中だ。収録された38編の珠玉のインタビューから、今回は2007年、キャンプイン前、神戸で行われたロング・インタビューの後編をお届けする。
 優勝を果たした第1回WBCから半年後、王貞治監督と東京で食事をしたイチローは、王監督にこんな質問をした。
「現役時代、選手のときに、自分のためにプレーしていましたか、それともチームのためにプレーしていましたか」
 王監督は即答した。
「オレは自分のためだよ」
 イチローは小さな声で「ありがとうございます」と言って、頭を下げた……。
 

「よくぞ、という気持ちでしたね。そこの価値観は、監督も僕も一緒です。共有してるっていう強みを感じたから、ありがとうございますって言ったんです」

 じつはイチローはこのオフ、それぞれの世界でトップクラスに上り詰めている各界の人に会うたびに、同じ質問をし続けていた。自分が打ち込んでいることを、いったい何のためにやっているのか、と―─。

「このオフ、いろいろな人に会いましたけど、トップの人はみんな口を揃えて言いました。『自分のためにやっている』って。誰一人としていませんでしたね、まずはチームだって言った人は……ゼロ、ゼロです。みんな、それがいずれはいろんなところにいい影響を及ぼすってことを知っている。それが僕にはすごく心強かった。とくに、王監督の言葉はね。だって、“世界の王”がそう言ったのなら、堂々と言えますから。アメリカの選手にも、王監督がこう言ってたよって」

 日本には依然として、個を殺して集団のために犠牲になることが美徳だという考え方が根強く残っている。これまで、イチローの中で唯一、価値観が揺らいだとしたら、この美徳を突きつけられたときだったのかもしれない。

イチローがあえて発言したこと。

 しかも、その価値観を日本人だけではなく、アメリカ人も持っていることを思い知らされたこともあった。去年、マリナーズのミーティングで、ベテランピッチャーのジェイミー・モイヤーが若い選手たちに向かって「苦しいときほどチームのためにがんばれ」「チームが負けている今こそ、お前らはもっとがんばれ」と興奮して連呼したことがあった。しかし、イチローはあえてミーティングでこう発言した。

「僕に、『もっと』はない」─―。

 イチローは、プロの価値観はさらにその先の「個を生かすことが集団のためになる」というところに存在していると訴えてきた。選手たちがイチローの価値観をなかなか理解できない中、イチローは常に多勢に無勢、1対99のシチュエーションに幾度となく追い込まれた。そのたびに、イチローの中で、信じていた価値観が揺らぎそうになった瞬間はあったはずだ。だからこそ、このオフもいろんな人に訊いて回ったりしたのだろう。

【次ページ】 もし自分を殺してプレーしてしまえば。

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