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時代を熱狂させた辰吉丈一郎の哲学。
「俺はボクサー。金が欲しいわけ違う」 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2018/12/21 08:00

時代を熱狂させた辰吉丈一郎の哲学。「俺はボクサー。金が欲しいわけ違う」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

11月末、大阪市東淀川区にあるボクシングジムで練習前に計量をする辰吉。

「井上くんは天才。辰吉は……」

 ただ、辰吉がいわゆるステレオタイプのスターと違ったのは、あくまでボクサーであることに強いこだわりを見せたことだった。

「テレビも、CMも、そういう話はぎょうさんきとったけど、ほとんどそういうものには出なかったな……。いつも『俺はボクサーやから。金が欲しいわけ違う。ファンの人には試合会場に見に来てほしいな』と言っとったな」

 時は流れ、平成が終わろうとしている。今、ボクシング界の先頭を走っているのは3階級制覇の“モンスター”井上尚弥だ。

「井上くんは抜群の天才やと思うよ。今までの歴代のボクサーでも断トツのナンバーワンでしょう。正直、同じ時代にいるボクサーがかわいそうになるくらい。凄すぎて、その凄さをいまいち世の中がわかってへん。

 それに比べて辰吉は勝つ時も負ける時も派手、ボコボコにするか、されるか。そういう意味で華があったよ。ただ、あいつはそれを地でやっとった。演技だったり、わざとやっているというのは1つもない。本当のリアルだった。そこがすごいんちゃうかな」

48歳の今も世界戦を目指して。

 あの時代から20年以上が経ったが、48歳となった辰吉は今も、当時とまったく変わらない生活をしている。朝、ロードワークにでて、夕方にはジムで汗を流す。

 プロライセンスはない。試合もない。

 それでも、来るべき「世界タイトルマッチ」を脳裏に描き、ボクサーとして生きている。

 今回、その姿を間近で見た。息づかいを聞いた。そうすると、なぜ辰吉が相変わらず“裸”のまま、ひとりのボクサーであり続けるのか。なぜ、あの時代のリングがあれほど熱狂したのか、少しわかる気がした。

 そして、吉井が別次元のものとして語った井上尚弥と辰吉丈一郎の間に、時代を超えた2人のボクサーの根底に、じつは同じものがあることも見えてきた……。

Number968・969号「<スポーツブーム平成史>熱狂を超えろ。」では「あしたのジョーはもういない」と題して、1990年代のリングを熱狂させた辰吉丈一郎が今もボクサーとして生きる様を活写。あるジムでトレーニングの様子を切り取った写真を添えて掲載しています。また辰吉と同世代になる井上真吾氏(尚弥選手の父)に話を聞き、「浪速のジョー」が現代ボクシング界に遺したものは何だったのか、というテーマにも迫りました。
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