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伊澤、丸山、佐藤、そして田島創志。
ゴルファーは戦いをやめない人種だ。 

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桂川洋一

桂川洋一Yoichi Katsuragawa

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photograph byYoichi Katsuragawa

posted2016/06/18 11:00

伊澤、丸山、佐藤、そして田島創志。ゴルファーは戦いをやめない人種だ。<Number Web> photograph by Yoichi Katsuragawa

プロ転向3年目で初勝利をあげ、その年は賞金ランクも19位。田島創志が現役を諦めるはずはない。

まだ40代の現役選手にとって、裏方の仕事とは。

 たしかに海外メジャーや米ツアー、欧州ツアーに参戦した名手たちの意見は貴重である。彼らの経験談はプロゴルファーならずとも耳を傾けたくなるし、そこから生まれる考察や意見には自然と説得力が備わるはずだ。

 ただ、ここでひとつ気になることがある。

 名前の挙がった選手たちはみな40代で、同世代にはまだ第一線で活躍している仲間も多い。伊澤、丸山は故障でここ何年も離脱。32歳までに日本で9勝を挙げた佐藤は、パッティングイップスから2002年シーズンを最後に勝利から遠ざかり、現在は主に海外ツアーのテレビ解説を務めている。

 だが彼らは本来、現役の選手であるはずだ。ほかのプロフェッショナルスポーツと違い、プロゴルファーには基本的に引退がない。雇用者にクビを言い渡されてキャリアを終えるのではなく、資格を放棄しなければいつまでもプロゴルファーのまま。身を引く時期は選手個々の決断によるものだ。

 ツアーの幹部は伊澤以下多くの選手が申し出を快諾してくれたというが、選手としての務めではなく、裏方としての役割を与えられたかつてのトッププレーヤーたちはいま、キャリアの途中で何を思うのだろうか。

青木功新体制で、理事に加わった39歳の男。

 この春、青木功の新体制となったJGTOの理事に加わった、ひとりの選手がいる。田島創志(たじま・そうし)は1976年生まれの39歳と、役員の中では若い部類に入る。

 ジュニア時代からのエリート選手が集うプロツアー。ただ、田島の場合は別の意味でもエリートだった。体育教師だった父の影響で始めたゴルフだったが、小さい頃から文武両道を実践するよう厳しく教育され、中学卒業後は地元群馬県の名門・高崎高に入学した。内閣総理大臣を2人輩出し、毎年10人以上が東京大学に合格する進学校。田島も「もしもプロゴルファーでなかったら、絶対に政治家になりたかった」という。

 しかし彼は、アマチュア時代から活躍してゴルフの名門・日大に進み、プロとなる道を突き進んだ。プロデビュー戦はマレーシアで行われた欧州ツアーという異色の経歴。米国、アジアでも経験を積み、2003年には日本ツアー本格参戦3年目で初優勝を飾った。

【次ページ】 パターのイップスで瞬く間に下部ツアー落ち。

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