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錦織圭の棄権とマイケル・チャンの
死闘をつなぐもの、そして――。 

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photograph byHiromasa Mano

posted2015/06/23 11:00

錦織圭の棄権とマイケル・チャンの死闘をつなぐもの、そして――。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

これまでグランドスラム3大会連続のベスト8進出を果たしている錦織圭と師マイケル・チャン。ウィンブルドンはどうなるだろうか。

「心の内から信じられない声が聞こえたんだ」

 しかしながら彼は、試合を続けた。この時のことを、Number880号のインタビュー記事で詳細に語っているが、敬虔なクリスチャンであるチャンはこのとき、コートで「心の内から信じられない声が聞こえたんだ」と語っている。

「あれほど力強い声が聞こえたのはあのときだけだね。審判が誤審をしたときとか、勝利が近づいたときに、『落ち着け、マイケル、リラックスしろ』という内なる声を聞くことはよくあるけど、レンドル戦の声はそれとはまったく別だった」

 痙攣は試合の最後まで、おさまることはなかった。それでも懸命に足を動かし、チャンはプレーを続けた。そして、記憶に残る前代未聞のアンダーハンドサーブ。そのポイントをとったチャンの姿を映しながら、現地の解説はこう叫んだ。

「今後のことなど考えず、チャンはプレーしています!」

 最後の最後まで頭と体をフルに使い、レンドルを下したチャンは決勝まで勝ち上がり、ステファン・エドベリをまたもフルセットの末にやぶり、史上最年少でのグランドスラム制覇を成し遂げたのである。

同じ方向を向いている、師弟の思考法。

 2015年6月へと、時計は戻る。

 錦織は試合開始から14分、5ゲームを戦い終えたところで対戦相手のアンドレアス・セッピに握手を求めた。

 錦織が棄権し、26年前のチャンが棄権しなかったことを、単純に比較するのは明らかに間違いであることを、まずは記しておく。チャンの戦っていたのは、なんといってもグランドスラム大会であり、相手は世界ナンバーワンの選手だった。桜木花道における、山王工業戦だった。

 錦織はウィンブルドンというテニスプレイヤーにとって特別な大会を9日後に控えており、相手は自分より格下の選手だった。錦織の判断に異を唱える人はおそらく誰もいまい。マイケル・チャン“コーチ”もまた、同じ気持ちだろう。

 とはいえ、もっと踏み込んで記せば、錦織もチャン同様、ウィンブルドンというグランドスラム大会で勝つために、頂点に立つために、きわめて合理的な決断を行なったのだ。

 すべては、勝利のために──。

 師弟の思考法は、形こそ違えど、明らかに同じ方向を向いているのだ。

【次ページ】 コーチを引き受ける前に、錦織の両親と話したこと。

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