ブックソムリエ ~必読!オールタイムベスト~BACK NUMBER

動物行動学の古典にして随筆のような軟らかさ。
~宮地伝三郎・著『アユの話』~ 

text by

馬立勝

馬立勝Masaru Madate

PROFILE

photograph bySports Graphic Number

posted2014/08/18 10:00

動物行動学の古典にして随筆のような軟らかさ。~宮地伝三郎・著『アユの話』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『アユの話』宮地伝三郎著 岩波新書 現在絶版

 渓流の夏の魚アユ、そのすべてを語って本書は動物行動学の入門書の古典とされている。しかし、たとえば「“なわばり”の社会」の章。“友釣り”はアユの縄張り争いの本能を利用した“敵釣り”だ、と教える。鵜飼、梁やな漁をはじめ、流れの段差で跳ねる飛びアユを手網ですくい取る“汲みアユ”など様々な漁法も紹介される。獲物を動物行動学から理解しておく、アユ釣りの参考書としても読めそうだ。

 かつて「新書」は碩学による学問招待の入り口だった。本書はそのお手本だが、学術書の堅苦しさはない。半世紀以上前の出版当時手にした学校嫌いの高校生がわくわくして読んだのだから。行動学の学問上の成果を伝える本流にさまざまな支流を流れ込ませ縦横にアユを語る軟らかな文章がまるで随筆だ。著者の文人嗜好がうかがえるこの支流がいい。

アユを追った10年ものフィールドワークの成果の一冊。

 広重の版画“魚づくし”中の名作とされるアユの絵を「あぶらびれ(背びれの後ろの小さなひれ)に軟条が描いてあるので、動物学では及第点をつけかねる」とやんわり指摘するなど、随所で筆者は楽しんでいる。京都府・宇川では、地元のアユとりの目的は「わた」で身肉は従と指摘し、「はらわた」の塩辛、あのほろ苦い「うるか」造りを語り、黒味を帯びたのが上等、茶色はよくない、とその品質の見分け方を指南し、さまざまなアユ料理へ。漢字の「鮎」は中国ではナマズだ。日本で魚偏に「占い」をアユとしたのは神功皇后(神話時代だ)の朝鮮遠征の吉凶をアユで占った故事によるという「まゆつばもの」の説をひき、神代の時代から延々と続くアユと日本人の付き合いは、生活に深く結び付いたアユ文化を生んだと語りかける。

 アユを追う研究チーム10年ものフィールドワークの成果の一冊。どの調査活動も楽しげだ。「うるか」の講釈は野外調査後の宿の夕食での一席。まるでスポーツ後の打ち上げだが、その時のアユの味はさぞや……。著者はアユの苦みを持った風味を「世界の川魚の王」という。スーパーの養殖アユにもあのスイカのような香りはある。味のほうは? 食べてみるのが読後の一興というものだ。

関連コラム

ページトップ