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<ベガス合宿インタビュー> 村田諒太 「原点の京都で開く新たな地平」 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byNaoki Fukuda

posted2014/05/19 11:00

<ベガス合宿インタビュー> 村田諒太 「原点の京都で開く新たな地平」<Number Web> photograph by Naoki Fukuda
世界最激戦区で頂点を狙う破格の男は、次戦を前に、
聖地ラスベガスで刺激に満ちた毎日を送っていた。
高校時代を過ごした街を舞台に戦う“凱旋試合”で、
彼はどんな新たな姿を見せてくれるのだろうか。

 派手なイルミネーションに彩られた巨大カジノホテル群を抜けると、ハイウェイを越した先の倉庫街に村田諒太が武者修行するトップランクのジムがある。

 2つのリングと、10個足らずのサンドバッグがつるされているシンプルなつくり。壁には「ハグラーvs.レナード」など歴史的なビッグマッチのポスターが並んでいるとはいえ、ここにラスベガスの華やかな香りはない。

 村田はキャンプ3週目に入っていたこの日も、ジムで黙々と汗を流していた。トレーナーのイスマエル・サラスと英語で確認しあいながら、シャドーボクシングで柔らかいステップを踏む。5月22日、京都でのプロ第4戦に向けて順調であることは一目で分かった。

 世界で最激戦区のミドル級を勝ち抜くには、本場で揉まれることが必要不可欠。ゆえに村田は試合のたびに、ここラスベガスを訪れて1カ月の強化合宿を張ることが恒例となっている。日本にはいないミドル級の強者とスパーができることが何よりも大きい。

右ストレートを“必殺レベル”に高めるための合宿。

 早くも6度目になる合宿のテーマは右ストレートの強化だ。練習を終えると彼は携帯電話を取り出し、保存している元WBC、WBO世界ミドル級王者ジェラルド・マクラレンの映像を見せてくれた。

村田諒太 Ryota Murata
1986年1月12日、奈良県生まれ。南京都高で高校5冠を達成後、東洋大を経て、同大職員に。'11年の世界選手権で日本人初の銀メダル、'12年のロンドン五輪では東京五輪の桜井孝雄以来の金メダルを獲得。昨年4月、プロに転向し、3戦3勝3KO。182cm、77kg。

「どうです、凄い右でしょ?」

 マクラレンは'90年代に活躍した伝説のハードパンチャーだ。必殺の右ストレートを武器に、31勝のうちKOは29回を数えた。

「決め手になるパンチを持っておかないと、世界で戦っていけないと思うんですよ。怖いなって相手に思わせることができると、(戦い方も)違ってくるんで。今は右を打ち込む練習をずっとやってきていて、スパーをやっても、相手が『打ち込んでくるの嫌だな』って顔をするのが分かってくるようになりました」

 彼は暇さえあれば右ストレートを武器にする名王者の映像を分析している。マクラレンも、ツボにはまった一人。関心を抱いたのは強打の右以上に、“返し”のほうだった。

「(マクラレンは)左のボディーを返せる姿勢で体を残してるんですよね。たとえ右が流れたとしても次につなげられればいいわけですから。僕は今、右が強くなっている分、右に頼り過ぎてしまって体が開いてしまうところがある。かと言って打ち込みをなくしたくはない。だからマクラレンたちがどんな打ち終わりになっているか、を見ておきたかった。バランスを崩したら意味ないけど、強く打ち込めなかったらそれもまた意味ないんでね」

【次ページ】 ボクシング漬けの毎日の中に、読書で新たな刺激を。

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