プロ野球亭日乗BACK NUMBER
監督と火花を散らしてまでも貫いた、
権藤博の揺るがぬ「ダンディズム」。
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byHideki Sugiyama
posted2012/10/30 10:30
若手の育成や山井の抑え起用など手腕を発揮し、投手王国と評される中日の投手陣を束ねたが、その一方で高木監督と対立することも多かった。
「ダンディズム」という言葉を辞書で調べると、こう記述されている。
「おしゃれ、伊達に徹する態度。19世紀はじめ、イギリスの青年の間に流行したもので、その影響はフランスにも及んだ。また、その男性の生活様式、教養などへのこだわりや気取り」
ごくごく簡単にいってしまえば、いわゆる「かっこつけ」。ただし、ある種独特なこだわりのある「かっこつけ」ということになるのだろう。
今季限りで中日を退団した権藤博投手コーチは、この「ダンディズム」の固まりのような人である。
まだ松井秀喜がニューヨーク・ヤンキースでプレーしていた4年前のことだった。スプリングキャンプを張っていた米・フロリダ州タンパに権藤さんが颯爽と現れた。
「きのう黒田(博樹。当時ロサンゼルス・ドジャース)を見て、きょうの朝に車を飛ばして来たんですよ」
同じフロリダ州とはいえ、ドジャースがキャンプを張っていたベロビーチからタンパまでは車で6時間もかかる。普通なら権藤さんほどキャリアのある球界人がメジャーキャンプを視察するとなれば、お付きの人を引き連れて、食事から移動まで至れり尽くせりの大名旅行となる。それが当たり前の風潮なのだが、当時69歳だった権藤さんは、たった一人で運転してやってきたわけである。
不慣れなタンパの道を自分で運転するのもダンディズム。
ベージュのチノパンに派手なポロシャツ。ジャンパーを羽織ったサングラス姿の権藤さんは、もうすぐ70歳になろうという“おじいさん”にはとても見えなかった。
ただ、こんな風に颯爽と異国のキャンプ取材をすることは、決して簡単なことではなかったはずなのだ。
翌日はオープン戦の取材で、タンパから車で2時間ほどのところを往復しなければならなかった。現地にいる担当記者に道順を一生懸命に聞いていたが、一カ所、複雑な分かれ道の行き方がよく判らない。
「大丈夫ですか?」
担当記者が心配そうに声をかけると、権藤さんはこう胸を張ってみせた。
「いや~、行ってしまえば何とかなるさ!」
おそらく最後までその複雑な道順を理解はできなかったと思う。それでも「誰か乗せていってくれないか?」とは口がさけても言わない。
それが権藤博という男の「ダンディズム」なのである。