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<ロンドンで唯一無二の境地へ> 室伏広治 「自分だけのオリジナルを」 

text by

高川武将

高川武将Takeyuki Takagawa

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2012/07/06 06:02

<ロンドンで唯一無二の境地へ> 室伏広治 「自分だけのオリジナルを」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

10歳時から徹底指導。ハンマーなしで養った感覚。

 室伏が初めて父の徹底指導を受けたのは10歳のときだ。子供用の3kgの重さのハンマーを見よう見真似で投げていると、「悪い動きを覚えてはいけない」と考えた父に、1日3、4時間、3日間に渡り、ハンマーを持たない「空(から)の動き」を教えられた。

 室伏は「体の受容体を養う時期だった」という。正確な動きを脳に覚えさせ、つま先、膝の向き、股関節の角度……全てを一度にコントロールできる感覚を身につける。

「父の一番凄いところは、10歳前後で感覚を獲得しなければいけないことがわかっていたこと。普通は結果を求めて、早いうちに投げさせたり、筋力をつけさせたりしがちですけど、そんなことをしたら台無しになる。ハンマー投げをやれと強制されたこともない。焦らなくていいことがわかっていて、余分な練習がなかったから成長できた」

 越境入学した千葉の成田高校に、父は月に一度はやってきて、手取り足取りの指導を受ける。大学は父のいる中京大へ進学する。

 だが、2年が過ぎた頃から、室伏は自分の意見を言うようになった。

「20歳を過ぎて、体の成長が止まって記録が伸びなくなり、父の言うことを聞いていればいいというわけにはいかなくなった。自分で考えて、海外の選手や、他の投擲種目の選手たちと、相当厳しい練習もしました。自分のハンマー投げを確立しよう、と」

「人間が本来持っている普遍的な動き」を追求する。

 室伏は自分だけの道を歩み始めた。

 そして本格的に競技を始めて8年目の'98年、24歳の年に初めて父の日本記録を更新する。2年後、80mの大台を突破。照準は「世界」になった。バイオメカニクスの専門家と共同研究をするなど、動きを追求してきた。

「父の経験は素晴らしいものだし、それを活かさなければもったいないことだと思います。でも、完成ではないんです。父で完成だったら、僕が競技をやる意味も無いでしょう。世界でメダルを獲るには? と考えてきた。

 僕は、日本人が伝統的にもつ体の動きや使い方から学んできたし、ずっと追求してきた。例えば、胎(はら)や腰に重点を置いた下半身の使い方だったり。でも、世界のトップ選手は、一人ひとり、驚くほど投げ方が違うんです。それぞれに違うアプローチがある。オリジナルを作り上げなきゃ、世界では勝てない。日本も海外もない、自分の体に合った動き、人間が本来持っている普遍的な動きがあるんじゃないかと思うようになったんです」

【次ページ】 「誰も考えつかない方法で、結果を出すのが面白い」

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