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甲子園の涙が笑顔に変わるまで……。
下級生で活躍した選手たちのその後。 

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氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2011/08/13 08:00

甲子園の涙が笑顔に変わるまで……。下級生で活躍した選手たちのその後。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

1年生の夏の甲子園で148キロを記録し、「150キロ宣言」をするなど速球にこだわっていた帝京のエース、伊藤拓郎投手。2年のセンバツには出場したが、その後、フォームを崩したりと苦しんだ。この夏は「勝てる投球」にこだわるという

「成長して帰ってきたい」という思いが選手を育てる。

 優勝候補・聖光学院(福島)のエース歳内宏明(3年)は、昨夏、興南の島袋洋奨と投げ合って敗れている。当時の彼は、こんな話をしていた。

「島袋さんは、安打を打たれているのに点が入らない。そこがすごいなと思いました。僕は精神的にも能力的にも通用しなかったので、成長して帰ってきたい」

 1回戦では本調子ではなかったとはいえ、10回を投げ10安打を浴びながら、16奪三振。最後は自らのサヨナラ安打で試合を決めた。

 当時では屈辱であったものも、成長への糧と捉えられれば人生にはいくつも成功へのヒントがある。どこかに浮上のきっかけがあり、その現実をどう受け止め、前に進めるかなのだ。

 先に挙げた如水館の浜田を指導する、迫田穆成監督は下級生の成長について、こんな風に語っていた。

「浜田にずっと言ってきたのは、1年夏に甲子園で投げていた自分が夢に出てくるようにならんといけんよ、と。それだけで成長だよ、と」

この夏も、涙で聖地を後にする下級生たちがいる。

 一方で、今大会、屈辱を胸に去った新たな下級生たちがいるのもまた事実である。

 花巻東(岩手)の怪物・大谷翔平(2年)は左太もも肉離れをおしての強行出場だった。5回2/3を投げて6安打自責点1。打っても左翼フェンス直撃の適時打を放った。

「被災地のために勝ちたかったので、負けたのは悔しいです。下半身を使えず、上半身だけのフォームになってしまい、甘い球を帝京打線に打たれた。自分の力不足です。今回のチームで勝ちたかったんですけど、また春に戻って来たい」

 大会第4日、第2試合で能代商(秋田)に敗れた神村学園(鹿児島)の2番手投手・柿沢貴裕(2年)は、9回表、140キロ台のストレートを連発し、素材の高さを見せつけていた。味方に反撃のリズムを生むピッチングを見せたが逆転はならず、聖地を去った。目に涙をため、柿沢は雪辱を誓った。

「ストレートで押していくピッチングはできましたけど……負けたのが悔しいです。来年は自分が戻ってきて(エースで3年生の久保大星さんの)屈辱を晴らしたい。同じ2年生として、花巻東の大谷や大阪桐蔭の藤浪(晋太郎)に負けないように、ストレートで押せる打たれないピッチャーになりたい」

【次ページ】 その屈辱は、やがて成長の大事な糧となる……。

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