カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:京都「再認識した日本のとってもいいところ。」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

PROFILE

photograph byShigeki Sugiyama

posted2006/07/25 00:00

From:京都「再認識した日本のとってもいいところ。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

アグレッシブでレベルの高いW杯から戻ってきた。

そこで感じた日本とドイツの違うところ。

それは“旅”をするときに、何よりも大切なこと。

 東京駅を出発し、ほどなくすると車内アナウンスはこう告げた。「この列車は13時50分発のぞみ33号、博多行きです……。次は新横浜に停まります」。というわけで、僕はいま東海道新幹線の座席シートに身を委ねている。やや大きめな頭部にはいつものように、ボーズのヘッドフォンが装着されていて、音源のiPodシャッフルは、スナガタツオのジャズサウンドを、そこにさらりとクールに流し込んでいる。車内は満席。しかしながら、イライラ感やストレスは一切ない。旅行につきものの、童心に返るような興奮もない。座席シートの幅が、もう5センチ広ければパーフェクト。文句なしって感じかな。

 新幹線のシートに身を委ね、ラップトップに向かう僕。自分自身のこの姿が、つい昨日のことのように思い出される。ドイツW杯を象徴する一番のシーンかもしれない。期間中、移動に飛行機を使ったのは、わずかに一度。ドイツ式新幹線(ICE=インターシティエキスプレス)には毎日毎日、ほんとうによく乗った。一日の平均乗車距離は、有に500キロを超える。理由はきわめて簡単だ。僕たちメディア関係者の多くには、電車代フリーの特典が与えられていたからである。首にプレスカードをぶら下げていれば、電車でドイツ国内を自由に移動できる。しかもファーストクラス。日本で言うところのグリーン車である。ああ懐かしい。日本式新幹線の狭いシートに身を委ねていると、厚待遇にあずかったドイツW杯の思い出が、良い感じで沸々と蘇ってくる。

 まさに良い感じのワールドカップだった。何より試合のレベルが高かった。ベスト16以降の試合は、チャンピオンズリーグのレベルそのままで、傾向もまたそっくりだった。攻撃的で面白かった。開催国ドイツの雰囲気も、欧州の中心地ならではの味わいがあった。極東で行われた4年前とは大きく異なる、本場の本格的な匂いがした。

 気候も良かったし……。梅雨の末期を迎えているいま、一番強調したいのはその点だ。僕は日本恋しさのあまり、決勝戦の翌日、祭りの後の余韻を楽しむことなく、ドイツをさっさと後にしたのだけれど、成田空港に着くなり、日本の空気を味わうなり、げんなりとした気分に襲われた。予想はしていた。しかし、ここまで酷いとは思わなかった。東南アジアの空港に舞い降りたワケじゃあないんだから。

 だって、ドイツも暑かったんでしょ。多くの日本在住者は、怪訝そうな顔でそう返してくる。たとえば、日本対クロアチアは、それはそれは暑い最中に行われた試合でした。テレビ中継を通して、日本に紹介された通りです。「暑い」に嘘はありません。しかし暑いと一言でいっても、その内訳は様々。あの試合、僕はスタンドの記者席で長袖を着てました。ニットのサマーセーターを。日陰のスタンドと、カンカン照りのピッチ上との間に、気温差は10度以上ありました。日陰はむしろ涼しいくらいなのです。言ってみれば、爽やかな暑さなのです。

 実際に行った人じゃないと、いくら説明してもわからない感覚の差なのだけれど、それは「暑さ」の話だけでは片づかない。現地の感覚と、いわゆる日本の感覚との間には、様々な点で大きな違いがある。サッカーしかりだ。その日本語訳との間には、まだまだ大きな差があることを、今回も改めて実感させられた。大げさに言えば、日本代表が箸にも棒にもかからなかった最大の原因だと思う。楽観論が渦巻いていた戦前の予想と、実際の成績との落差は、現地感覚のなさがもたらした悲劇に他ならない。「だって、ドイツも暑かったんでしょ」は、たとえば「決定力不足」に通じる響きとそっくりだ。本質に迫るキーワードではない。チャンスの数で下回ったチームが、決定力不足を口にする資格は本来ないはずなのだ。

 それはともかく、いま僕は逆に日本のすばらしい点を再確認している最中にある。「この列車は、三河安城駅を定時に通過いたしました。名古屋駅には定刻通りに到着する予定です」と、車内アナウンスは言った。電車が1分たりとも狂わずに、時刻表通り運行される国、それがスタンダードになっている国。かつてのドイツはそんな日本に、かなり似ていた。欧州では群を抜いた存在だった。そういう意味で、とても居心地の良い国だったが、それがどうだ。スタンダードは、知らぬ間に大きく後退していた。電車に無料で乗車させてもらって文句を言うのも何だが、ICEは遅れるのが常識だった。20分遅れなら御の字。悪名高きイタリアやイングランドに迫る勢いだ。いやそれ以上のような気がする。どうしちゃったのドイツは?いまさらながら心配になる。

 そうこうしているうちに、僕を乗せた新幹線は名古屋に到着。続いて京都に到着した。もちろんオンタイム。日本の旅は快適だ。

ページトップ